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歌が聞こえる。おそらく洋楽だ。どうして、そしてどこから聞こえてくるのかはわからない。 というよりもここは何処だろうか?あたり一面真っ白でそれ以外何も見えない。いや、ぼんやりとだが人影が見える。 歌はその人影から聞こえているように感じる。 She keeps Moet and Chandon in her pretty cabinet Let them eat cake she says, just like Marie Antoinette A built in remedy for Khrushchev and Kennedy And anytime an invitation you can decline Caviar and cigarettes well versed in etiquette Extr ordinarily nice ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~...(~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (~~~~?) どうしてだろうか、サビが殆ど聞こえない。私の耳がおかしいのだろうか? To avoid complications, she never kept the same address In conversation, she spoke just like a baroness Met a man from China went down to Geisha Minah Then again incidentally if you re that way inclined Perfume came naturally from Paris (naturally) For cars she couldn t care less, fastidious and precis ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~~~?) いや、おかしくはない。他の部分は聞こえる。どうしてだかサビの部分だけが聞こえないんだ。 人影をよく見てみる。 Drop of a hat she s as willing as a playful as a pussy cat Then momentarily out of action, temporarily out of gas To absolutely drive you wild, wild She s out to get you ~~~~~~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(~~~) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (~~~~~?) その人影の右腕だけはやけにはっきり見えた。その腕は…… 意識の浮上を感じる。それと同時に体が何らかの影響を受け揺れているのがわかる。何だ? そういえば疲れて眠ってたんだったな。それにしても頭がうまく働かない。目を開けるとそこにはミイラ男の顔が至近距離にあった。 「うおおっ!?」 頭が覚醒し一気に跳ね起きる。しかし目の前にはミイラ男の顔! 「イタッ!」 「グベッ!」 当然のようにぶつかってしまった。い、痛い……、頭が覚醒してても事態は飲み込めてなかったようだ。 頭を手で押さえながらミイラ男を見ると顔を押さえながらうずくまっている。 そうだ、このミイラ男はギーシュだ。すぐに意識が覚醒できないほど寝ていたのか。 「おいギーシュ。大丈夫か?」 とりあえず声をかけてみる。 「な、なんとか大丈夫……」 ギーシュが顔を押さえながら立ち上がる。さすがギャグキャラだ。結構な勢いでぶつかったというのに丈夫だな。 「その顔の布切れ取っといたほうがいいぞ。格好悪いし、いつまで着けてる気だ?」 まったく紛らわしい。 「きみは謝るということを知らないのかい?せっかく夕食だから起こしてあげたのにこんな目に合わされたぼくに謝ろうという気持ちはないのかい!?」 ギーシュが顔を押さえながら怒鳴る。 「しかもぼくのこのセンスにケチつけるなんてきみの美的センスはどうかしてるよ!」 声からして割と本気で怒っているようだ。いつの間にか手に杖も持っている。 「……すまなかった」 とりあえず謝っておく。もし謝らなかったら危険な目にあう、そんな感じがしたのだ。 というかセンスはお前の方がどうにかしてるぞ。 「わかればいいんだよ、わかればね」 かなり屈辱的だ! ギーシュと一緒に1階に下りルイズたちと合流する。テーブルには料理と何本かのワインビンがあった。 ギーシュやキュルケが率先してワインを飲み始める。どうやら明日アルビオンに渡るから大いに盛り上がろうということらしい。 こいつら自分たちの命の危険を考えたことがあるのだろうか?いつ敵に襲われるかわからないのに酒を飲むなんて何を考えているのだろうか。 キュルケから酒を勧められたが断り早々に料理を平らげ部屋に戻る。 ベッドの上に寝転がるが眠くならない。夕食を食べる前に寝ていたからな、仕方ないことだ。 ベッドから起き上がりベランダに出る。気分転換になるだろう。 空を見ると月が一つしかなかった。赤い月が見当たらない。何故だ? そういえば昨日ワルドが言っていたな。今日は二つの月が重なる夜だと、『スヴェル』の月夜だったか? 元々もとの世界ではこの景色が当たり前だったな、ここまで月が大きくはなかったが。 しかしこういう月を見ながら酒を飲むのはいいかもしれないな。もし命の危険がなければ飲んでいたかもしれない。 さて気分転換にもなったし部屋に戻るか。振り向いて部屋に戻ろうとすると突然自分の体が影に覆われる。何だ? 再び振り向くとそこには巨大な何かがあった。その何かが私への月明かりを遮っている。何だこれは!?さっきまでこんなもんはなかったぞ!? よく見ると何だか見覚えがある。……そうだ!ゴーレムだ! さらに観察するとゴーレムは岩で出来ているようだった。『土くれ』のフーケと戦ったときのゴーレムは土で出来ていたがどうやら岩でも作れるらしい。 ゴーレムの肩に何か乗っている、いや誰かが座っているようだ。髪の長い女だ。懐から銃を素早く取り出す。 「お久しぶギャゴッ!!??」 何か話しかけてきたがそれを無視し銃を撃つ。胸に2発、腹に2発、顔に1発。 ルーンで強化されたスピードと動体視力で撃ったんだ。反応できまい。それを示すかのように弾丸はすべて敵に当たり、ゴーレムの肩から落ちていった。 やっぱり銃はいい。こういった時に素晴らしい効果を発揮する。 敵を眼前にして防御してない馬鹿でよかった。っとそんなこと考えている場合じゃない。部屋に戻りデルフを掴む。後ろでゴーレムが崩れていく音がする。 敵はこれだけではない筈だ。はやく対応できる用意をしなければ!それにしてもさっきの敵どっかで見たことあったな、まあいい。 1階へ行ってルイズたちと合流したほうがよさそうだ。やれやれだクソッ! 1階に下りるとルイズたちも敵に襲われていた。敵はメイジではなく傭兵のようで矢で攻撃している。数も多い。 ルイズたちは床と一体化しているテーブルの足を折りそれを盾にして攻撃を防いでいた。 デルフを抜き姿勢を低く保ちながら素早くルイズたちの場所へ行く。とてもじゃないが1人で逃げ切れるような人数ではない。 もしかしたら2階の方が安全だったんじゃないか?ドジこいた!クソッ!2階から一人で逃げればよかった!
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モット伯の屋敷の前、聳え立つ正門を見上げる。 その門番なのだろうか、武装した衛兵二人が彼に気付いた。 一人はその場に残り門を守り、もう一人がこちらに近づいてくる。 「…さて準備は良いか? 相棒」 デルフの言葉に黙って頷く。 元より自分の覚悟は出来ている。 彼が雄叫びを上げる。 それは戦いの始まりを告げる鐘の音だった。 「何の騒ぎだ!?」 耳障りな獣の鳴き声にモット伯が怒りを露にする。 風呂で身体を洗ってワイン片手に、機嫌良くシエスタを待っていたのだ。 しかし、さっきから聞こえてくる鳴き声によってモット伯の気分は害された。 「とっとと黙らせろ!」 「そ、それが……」 激昂するモット伯に怯えながら、 しどろもどろになりつつも衛兵が弁明する。 だが、どう説明すればいいのか。 正門前の状況は衛兵の理解を超えていた。 「おい……どうしたんだ、お前達?」 背に羽が生えた異形の犬を衛兵は嗾けた。 犬を普通に追っ払ってもまた戻ってくる事が多い。 だから犬を嗾けるのが一番の対処法だった。 少なくともそれは確実な手段だった……この犬が現れるまでは。 犬の足が止まる。 見ればそれは小刻みに震えていた。 訓練された犬は相手が誰であろうと恐れない。 たとえ銃を持っていようとメイジであろうと立ち向かう。 その犬が怯えている。 まるで怪物と対峙しているかのように固まる。 彼等は理解していた。 訓練によって研ぎ澄まされた鋭敏な感覚が、 目の前の犬が尋常の物ではないと告げていた。 “触れれば死ぬ”そんな言葉が頭に過ぎる。 まるで冗談のような存在だ。 そもそも生物として質が違う。 生きる為に存在しているんじゃない、 この怪物は“殺す”為に存在している。 これは獣の形をした『兵器』なのだ…! 命を捨てる覚悟は出来ている。 だが死ぬのは自分達だけではない。 この怪物に挑んだ瞬間、戦う事さえ出来ずに八つ裂きになるのは明白。 そうなれば次に犠牲になるのは背後に立つ主人である衛兵達。 決して相手を刺激してはならない。故に動けない。 番犬のただならぬ様子に衛兵も動けない。 死をも厭わぬ獣が見せる恐れは彼等にも伝わった。 吼え続ける犬を彼等はただ黙って見ているしかなかった。 「さあ、さっさとモット伯を出してもらおうか。 じゃねえと相棒は屋敷の前でずっと吼え続けるぜ」 風を切りシルフィードの巨体が宙を舞う。 その背に乗せているのは四人の男女。 「もっと急いで!」 「………了解」 ルイズの声に寝ぼけ眼を擦りながらもタバサが応じる。 シルフィードの耳元で何事か囁くと更に速度を増す。 ルイズは焦っていた。 思った以上に時間を食い過ぎたのだ。 馬では追いつけないかもしれないとタバサを呼びに行ったまでは良かった。 しかし完全に熟睡したタバサを起こすのは大変だった。 ゆさゆさ揺さぶっても完全に夢の中に落ちたまま。 本を読んでる時や食べている時と同じで、なかなか落ちない油汚れ並みの頑固さだった。 この時点で馬で行けば良かったと思うのだが、 遅れを取り戻そうと焦り冷静な判断を失っていたのだ。 “眠れる姫を起こすのは王子のキスと決まって……” 戯言を抜かすギーシュをエアハンマーで吹き飛ばした所で彼女はようやく目を覚ました。 説明しても未だ寝ぼけたままなのか、うつらうつらしてる。 ようやく状況を飲み込んだ彼女がパジャマ姿のまま杖を取る。 服ぐらい着替えなさいよ、とキュルケに注意されて彼女はパジャマのボタンに手を掛けた。 ギーシュ達が居るその場で何の躊躇もなく。 キュルケがその手を抑え、私が上から毛布を被せる。 慌てて後ろを向くコルベール先生とフレイムに焼かれるギーシュ。 こんな調子のタバサでは役に立たないと彼女が覚醒するまで待っていたのだ。 タバサを目覚めさせるのには成功したが、今度はシルフィードがダメになっていた。 口から緑色の泡を吐きながらピクピク痙攣する彼女。 何かの奇病かと焦る一行にタバサは『好物の食べ過ぎが原因』と簡潔に説明した。 とりあえず水を流し込んで胃の中を洗浄する。 そのついでに顔に樽一杯分の水を掛けて叩き起こす。 しばらくしてなんとか起き上がったものの足取りがおぼつかない。 フラフラするシルフィードを見て、馬にすれば良かったと後悔するも時既に遅し。 もう猶予は無い、下手をすれば既に屋敷に乗り込んでいるかもしれないのだ。 致命的な遅れを挽回するにはシルフィードでなくてはダメなのだ。 「どうにかならない?」 「……やってみる」 キュルケに言われ、タバサがシルフィードに歩み寄る。 そして小さく二言、三言囁くと風竜は翼をはためかせて本来の威厳を取り戻した。 心なしか顔が青ざめているように見えたけど、この際関係ない。 動けるものなら何でも使う、そうせざるを得ない状況なのだ。 「あまり無茶はしないように!」 「はい! 後の事はお願いします!」 いくら風竜とはいえ人数が多ければ速度は落ちる。 コルベール先生を残し、シルフィードの背に乗る。 ついでにギーシュも置いていこうとしたのだが、 しっかりとへばり付いてシルフィードから離れない。 時間も無いので、このまま連れていく事になった。 「責任の一端は僕にもあるからね」 「はいはい」 口に薔薇を咥えたままのギーシュに適当に相槌を打つ。 モット伯の屋敷を教えたんだから一端どころかモット伯の次ぐらいに責任がある。 それなのに平然とした顔しているこいつが気に入らなかった。 「大丈夫だって。相手がトライアングルのメイジでも彼なら……」 「それが問題なのよ!」 そもそもギーシュの考えは論点がズレてる。 勝ち負けなんて関係ない。 王宮の勅使に手を出す事自体が大問題なのだ。 ましてや、あいつは並の使い魔じゃない。 もし全力で暴れようものなら……。 小さな部屋でその衛士は椅子に座っていた。 組んだ指先がカタカタと震え、顔面は蒼白。 正気を失いつつあるが、それでも彼は職務を全うしようとした。 そして、ぽつりぽつりと目にした事を呟く。 “最初はやけに静かだなって思ってたんです” “門番もいないし、扉も開けっぱなしだったんです” “なんだ、何もないじゃないかって……その時、気付いたんです” “足元が…赤絨毯じゃなくて……血だったんです” “怖くなって人を探したんです。もう誰でも良かった” “捜索の途中で部屋から光が射しているのを見かけたんです” “だから誰かいるんじゃないかって覗いてみたら……燃えていたんです、人が…” “モット伯? モット伯爵は見つかりませんでした” “いえ、それらしき『物』ならありました……” “私室にあったんです。服や杖は伯爵の物だったんですが…” “その下にあったのはドロドロに溶けた『何か』だったんです” 「マズイ……確かにそんな事になったら……」 ギーシュが頭に浮かんだ最悪の予想を振り払う。 それで取り返したとしてもメイドがいなくなっていればすぐに気付かれる。 そうなればシエスタが学院のメイドだった事が判明し、そこから彼へと捜査は及ぶだろう。 使い魔の責任は主であるルイズの責任。 最悪、ルイズは縛り首。使い魔の方は解剖されて実験台。 いや、だけど彼の力なら衛士隊とも渡り合えるかもしれない。 “トリステイン王国VS究極生物!” そんなチープなタイトルが浮かんでしまった。 冗談じゃない…! 早く止めないと笑い話じゃ済まなくなる! 風竜が空を翔る。 目指すモット伯の屋敷は間もなく見えてくるはずだ。 「それで私に何の用かね?」 頬杖をつきながら至極不満そうにモットは応対する。 その視線の先には薄汚い犬。 これからお楽しみの時間だというのに邪魔をされて最悪の気分だった。 「なに、伯爵様に是非見てもらいたい物があってな」 ソリには布が掛けられていた。 その布の端を彼が咥え引き抜く。 途端、露になるソリの中身。 「……! 何ィ、まさか、それは…!」 積まれていたのは雑誌だった。 それもただの雑誌ではない、いわゆるエロ本だ。 いくら『ドレス』の研究員とはいえ、研究所に缶詰では溜まる物もある。 そういう時に『こういう物』のお世話になっていたのだが、それが資料に混じっていたのだ。 『異世界の書物』に興味があると聞いた彼はふとコルベールの事を思い出した。 そう。バオーに関する資料もまた『異世界の書物』なのだ。 そしてコルベールが要らない資料があると言ったので内緒でぱくってきたのだ。 頭を下げたのはその謝罪。 そして、彼が適当に持ってきた本はモットの好みに直撃した。 「……………」 モットの視線が本に釘付けになっている。 つつつとソリを引っ張ると釣られてモットの視線も動く。 更に動かすと今度は椅子から立ち上がった。 「それじゃあ機嫌悪いみたいなんで出直すわ」 「待ちたまえ! 話を聞こうじゃないか!」 そそくさと出て行こうとする彼をモットが焦り呼び止める。 モットの不機嫌など完全に吹き飛んでいた。 もしデルフが笑えたらきっと笑っていただろう。 『よし、餌に食いつきやがった』と。 「分かっているとも。あのメイドだな? すぐに解雇しよう。勿論まだ手はつけておらん」 「おいおい伯爵様よー。こっちはかの有名な『異世界の書物』だぜ? メイド一人と交換で済むと思ってんのか?」 「むう……」 モットは自分の髭に手をやった。 これはただの脅しだ。 連中にしてみればあのメイドを助ける事が重要であって、 本の値を吊り上げるのはついでに過ぎない。 だから、ここは強引に押し切っても大丈夫だろうと踏んだ。 「…悪いが、それ以上の条件は呑めんな」 「じゃあ、この話は無かった事で」 「待ちたまえぇぇぇーーー!」 あっさりと引き下がろうとする犬を慌てて呼び止める。 まさか、そう来るとは思ってなかったのか、予想外の展開に振り回される。 デルフとてシエスタを助ける事が第一だと思ってる。 しかし、それでシエスタを助けた所で今度は他の女性が犠牲になるだけだ。 だからモット伯から搾り取れるだけ搾り取って新しいメイドも雇えないようにしてやろう。 そういう考えがあったのだ。 「そうだな。屋敷にいるメイドで実家に帰りたい連中全員ならいいぜ」 「くっ……! いや、しかし、それは…」 「考えてもみろよ。メイドにだって給金払ってるし、維持費だってバカにならねえだろ? それが貴重な本に代わるんだぜ? 『固定化』かければ維持費なんて必要ないだろ? 長期的なスタンスに立ったらメリットだけが手元に残るんだぜ。メイドも一生若いままじゃねえんだし」 「なるほど、それもそうか…」 昔取った杵柄というべきか。門前の小僧習わぬ経を詠むというべきか。 武器屋の親父の所で年月を過ごしたデルフは、こういった駆け引きが得意だった。 そりゃあもう口八丁で良い点ばっかり強調して商談を成功させた。 早く早くと急かすモットを落ち着けてメイドたちが先と念を押す。 その後、集められたメイドの数はデルフの予想を遥かに上回っていた。 モット伯の欲深さに正直、呆れるばかりである。 だが、シエスタを除き皆の表情は暗い。 元よりモット伯に身体を弄ばれた者達だ。 このまま故郷に帰っても肩身も狭いのだろう。 嫁ぎ先も決まるかどうかも怪しいし、 元々貧しい出の者も多いだろうから生活も苦しくなるだろう。 だが、そこもデルフの計算の内だった。 メイド達を確認すると本を手に取る様にモット伯に促す。 「おお…ついに『異世界の書物』が我が手に…!」 感極まった声でモット伯がソリに載せられた本に手を伸ばす。 そして持ち上げた瞬間、驚愕の声を上げた! 「何ィィィィーーーー!!」 『異世界の書物』の下には、もう二つ『異世界の書物』があった。 つまり! 『異世界の書物』は『三冊』あった! 彼がぱくってきた雑誌は三冊あった。 万が一の事態を考慮し多めに持ってきたのだ。 勿論、指示したのはデルフである。 何も無ければ返せば良いと実弾を増やしてきた。 「さて、二冊目なんだが……」 「っ………!」 モット伯の威厳がデルフに呑まれていく。 正に魔剣と呼ぶべき迫力。 それを以って、ぼそぼそと伯爵に耳打ちする。 「メイド一人当たりに、これだけの退職金を支払うという事で」 「……! おまえ、それだけあったら酒場が一つ経営できるぞ!」 しかもメイド一人当たりである。 合計すれば金額は更に跳ね上がる。 どれぐらいかというとモット伯の屋敷の金庫の中身ぐらい。 こう見えてもモット伯は老後の心配もする慎重派。 蓄えは常に持っておかないと心配な人なのだ。 それが空になるというのは流石のモット伯も腰が引けてしまう。 だが、悪魔の囁きがそれを覆した。 「これ、さっき買ったのの続きなんだけどよ……本当にいいのか?」 「!!!」 コレクターにとって揃える事は何よりも重要である。 たとえ、中に何が書いてあるか分からなくても揃っているだけで価値はある。 逆にいえば、いくら価値がある物といえど揃わなければ価値は半減。 「さあ、どうする?どうする?」 「…いや、それは、急に言われてももう少し考えさせて……」 「そっか。じゃあご縁が無かったという事で」 「むぅぅあぁぁちぃぃたまえぇぇぇーーーー!!!」 金庫から運び出される金貨や金塊の山。 それを平等に彼女達へと分配していく。 新しく人生をやり直すための資金だ、多いに越した事はない。 最初は面食らっていたものの、ようやく飲み込めたのか感謝の言葉を口に出す。 笑顔を見せる者、中には涙を零す者もいた。 「いいって、いいって。実際には伯爵様が出してんだからよ」 「……ああ」 反面、モット伯は燃え尽きかけていた。 資産の大半を注ぎ込んだのだ、枯れ果ててもおかしくない。 しかし、そういった人間もまた悪魔にとっては標的にすぎない。 「実はよー、これ三部作なんだな、これが」 「………!!?」 そして悪魔は再び囁く。 モット伯を破滅に導く為に…。 「………………」 彼女たちは言葉を失っていた。 風を切り、吹き抜ける風を物ともせず、 ようやくモット伯の屋敷に辿り着いた彼女達が見た光景。 それは鎧や絵画などの財宝を満載した馬車にメイド達を侍らせ、 悠々と衛兵達に見送られる自分の使い魔の姿だった。 何が起きたのか、それともこれは夢なのか。 横に立っているギーシュの頬を捻り上げ確かめる。 「なあ、本当にこれで良かったのかね?」 頭に冠をかぶった相棒にデルフが話し掛ける。 悪ノリした自分もどうかと思うのだが、良くある悪者退治には程遠い。 魔王の城に乗り込んで破産させたなんて話、聞いた事がない。 こんな結末で良かったのかと彼に尋ねた。 「わん!」 実に軽快な返事。 これでいいのだ、と彼は答えた。 どんな結末だろうと自分は後悔しないようにやったのだから。
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ギーシュとの一件から、学院の生徒達のアズマに向ける視線が、ほんの僅かではあるが変化していた。 ドジで間抜けな平民では無く、得体の知れない使い魔だ、と誰かが言い出し、それが定着した。 当のアズマは、そんな評価など知ったことかとばかりに、ルイズの使い魔として、へらへらとした顔をしながら日々を過ごしている。 「わたしが馬鹿にされてる時は、誰に何か言う事もなかったのに、どうしてメイドの時はあんなつっかかったのよ」 決闘を終えた日の就寝前、どうしてもその事に納得がいかなかったルイズは、意を決してアズマに尋ねたのだが、彼から返って来た意外な言葉に、その目を丸くした。 「おまえは強いからな」 どこか羨ましそうに自分を見るアズマに、それ以上ルイズは言葉を続けることが出来なかった。 それから、お互い言葉を交わすことも無く床に就いたのだが、アズマはなかなか寝入る事が出来ず、自分の言った発言を反芻しながら静かに呟いた。 「……ほんと、俺なんかと違って、ルイズは強いよ」 たった数日暮らしただけの間柄だが、ルイズの誇り高さとその勤勉さを、嫌と言う程アズマは目の当たりにしていた。 だからこそ思う。このまま自分は、ドジで間抜けなふりを続けていいものかと。 こんな臆病で弱虫なままでは、結果として自分を呼び出したルイズまでも貶めるかもしれない。 「雹、か。とっくに忘れてたと思ったのにな」 決闘の際に用いた己の技を思い、ふっとその顔に笑みを浮かべながら言う。 ――雹。銃などの飛び道具に対して素手で勝つ為に、その練習相手として生み出された彼の一族ならではの技。 広場に赴く前に、食堂から拝借したフォークでその技を行ったのだが、名を捨てる以前より、その技の切れは遥かに増していた。 「よく分からんなぁ」 その一言で考える事を放棄し、アズマは藁の寝床に背をもたれかけ、そのまま目を瞑った。 平穏な日々を送っていたアズマに転機が訪れたのは、それからまた数日が経ってからの事だった。 巷で話題を呼ぶ、貴族相手に巨大なゴーレムを使って盗みを働く一人の盗賊、土くれのフーケの登場が、事の発端だ。 彼女によって盗み出されたのは、学院に伝わる秘宝、破壊の杖と呼ばれる物だった。 その翌日、急遽編成された追跡隊の中には、ルイズの名前があった。彼女の熱心な志願により、最初は渋っていた学院長のオスマン氏も、ついには熱意に押されて参加を許したのだ。 最も、追跡隊と言ってもアズマを含め、たったの五人。それも五人の内三人が学院の生徒と来ている。流石のアズマもこの事態には頭を抱えた。ろくでもない大人達がいたものだと。 紆余曲折を経て、追跡に参加する一人、ロングビルが突き止めたフーケの潜伏先で彼らを待ち受けていたのは、巨大ゴーレムによる襲撃だった。 同行していたキュルケ、タバサによる魔法攻撃も歯が立たず、撤退も止む無しと思われた時、ただ一人ルイズだけが敢然とゴーレムに立ち向かい、杖を振っては失敗魔法による爆発をお見舞いする。 「止めろ、ルイズ! こんなのに敵いっこねぇ!」 「うるさい! 弱虫! あんたはそうやっていつだってのらりくらり逃げてるけどね、こっちは貴族なのよ! 誇りがあるの! 敵に背を向けるって事は、自分の名前を捨てるのと一緒なのよ!」 ゴーレムを目の前にし、その足を震わせながらも毅然と言ってのけたルイズに、アズマは心の中に刃物を突き立てられた様な気がした。 逃げ続けても、得られる物などありはしない。名を忘れたふりをして逃げ続けても、きっと自分は救われない。自分はあの小さな少女の半分の勇気も持ってはいない。 ――――だけど、 「きゃあっ!」 「ルイズ!」 ゴーレムの拳がルイズを掠める。掠めただけとは言っても、あれ程巨大な拳だ、人の身体を吹き飛ばす事など造作もなかった。 まるで人形の様に吹き飛び、傷ついたルイズの身体をアズマは咄嗟に抱きとめた。 「いい加減……本当の力を見せてよ……」 ギーシュとの決闘の際、アズマが見せたその実力の片鱗に、どことなく気づいていたルイズは、彼の腕の中で力無く呟いた。 アズマの中で何かが弾けた気がした。 ――――今、思い出してしまった。 「ちょっとアズマ!? あんたまで何してんのよ!? 逃げないと!」 「早く」 風竜、シルフィードに乗ったタバサとキュルケが、アズマからルイズを受け取りながら、同じくシルフィードの背に乗れと言う。 だが、アズマはにっと笑ってこう返した。 「大丈夫だよ。あれは俺が倒すから」 ――――『陸奥』という名前を。 身構えた瞬間、左手の甲に光が灯り、アズマは身体全体がまるで羽毛の様に軽くなった感覚を得た。そして、同時に金剛の如き力が身の内から溢れ出して来るのを感じる。 アズマは、彼の名を表す字、雷の如き素早さでゴーレムの足元に潜り込み、その拳を当てた。 「…………ッ!」 本来ならばこんな巨大な物、破壊出来るわけが無い。だが、今の自分ならば…… 拳にありったけの力を篭めて、それを開放する。 「やっぱり無駄よ!」 ゴーレムに変化は無い。目障りな足元の虫を踏み潰すかの様に、その巨大な足を下ろそうとした瞬間。 ――ゴーレムは内側から瓦解する様に崩れ落ちた。 「……アズマ」 怪我によって気を失う寸前、ルイズはアズマの姿を見てふっと微笑んだ。 アズマはそのゴーレムの姿を確認し、突き出した拳を構えたまま呟く。 「……陸奥圓明流奥義、無空波」 彼が本当の意味で、その名を取り戻した瞬間であった。
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トリステイン魔法学院。 中央塔の大講堂にて… 「ブチャラティさんは、ここの授業が面白いんですか?」 ギーシュが眠そうに、座っている男に向かって立ち話をしていた。 午後一番の授業のため、頭より腹に血が回っているのだろう。 「いや、なんと言うか、興味深い。俺自身は、あちらでは小学校までしか行ってないからな」 「ブチャラティは小卒だったのか。なんだか意外だな」 ブチャラティと岸辺露伴が教室の最後尾にある椅子に座っている。 彼らのために用意された椅子の前には、他の学生たちと同じように、机があった。 「それで、今日は何の講義なんだ?」 一段前に座っていたルイズが振り返り、その質問に応じた。 「今回はミスタ・ギトーの『魔法の系統基礎』よ」 「そういえば、ルイズ。君はゼロ(虚無)の系統だったな」 「はいはい……」 ルイズがうわべは気にもしない様子で応じる。私もこのロハンの応対に慣れてきたのかしら、などと考えながら。 以前はゼロといわれただけでとてつもない屈辱を感じたけど…… 「おい、露伴。あまりルイズにゼロゼロいうな」 フォローしているつもりなのかしら。 でも、ゼロといった回数はブチャラティのほうが上ね。 悪気は無いようだけれど、覚えておきましょう。授業が終わった後が楽しみだわ。 あら?私って、こんなに意地が悪かったかしら? ルイズがそんなことを考えている間に、講師が講堂に入ってきた。 ギーシュがあわてて自分の席に向かう。 「それでは講義を始める。本日は最強の系統の話だ……」 『疾風』の二つ名を持つ講師が不精に話を始めていた。 彼の名はミスタ・ギトー。生徒たちにはあまり好かれてはいない。 なぜか? それは彼自身の授業の内容にある。 授業がつまらないのは学院教師共通の問題だが、彼のそれは一味違っていた。 「ミス・ヴァリエール。最強の系統は何かね?」 「虚無です」 ギトーはいらだたしく眉をひそめた。 「伝説の話をしているのではない。現実的な答えを聞いているのだ」 「『風』と答えれば満足でしょうか?ミスタ・ギトー」 彼は口調に秘められた皮肉に気づかない。心の内で、ルイズの内申をあげてやろうと考えていた。 「その通りだ。だが、諸君らの中には納得していないものがいるな」 「たとえば、ミス・ツェルプストー。君は違うようだな」 「はい」 キュルケは礼を失わない顔をしながら、確信した様子で返答した。 彼女にとって、ギトーには何の悪感情を抱いていないが、自分の『火』系統に対する自負は誰にも負けない。 「では、君が最強だと思っている系統の魔法で、私を攻撃したまえ。」 「いいんですか?ミスタ・ギトー。私は手加減はできませんわ」 「かまわん。君の二つ名『微熱』が冗談でないのならな」 キュルケから微笑が消えた。 呪文を唱え、杖を振ると、彼女の目の前に1メイルはありそうな火の玉が出現した。 それを教壇に立つギトーに投げつけるように飛ばす。 ギトーは実をかわすそぶりも見せず、杖を一振り。 烈風が舞い上がり、炎が消え去る。ついでにその向こうにいたキュルケを吹っ飛ばした。 破壊的な速度で教室の壁に頭から突っ込む。が、鍛えられた男の腕により彼女の体はしっかりと受け止められていた。 「大丈夫か?」 「あ、ありがとう、ダーリン」 いつの間にかブチャラティが立ち上がっていた。 ギトーはその様子を見ることも無く講義を続ける。 「諸君。今見たように『風』はすべてをなぎ払う」 ブチャラティがゆっくりと教壇に向かっていく。 キュルケは、彼の背中に、鬼気迫る迫力を感じていた。 「『風』が最強たる理由はこのほかにもある」 「ユビキタス・デル・ウィンデ…ん、なんだ?君は、下がりたまえ、使い魔風情が」 彼はそれを無視して歩き続けた。 ミスタ・コルベールは、いつも自分の額が跳ね返す太陽の光のような陽気さで学院内を歩いていた。 今日の授業はすべて中止である。なぜなら、王女が学院に来訪したからだ。 「生徒たちも喜ぶことでしょう」 そうつぶやきながら、彼の歩きはますます早く、講堂に向かっていた。 通常なら、王女がお忍びで来院したぐらいで授業の中止はない。 だが、学院長のオールド・オスマンはこの機会に乗じて『使い魔の品評会』を行おうとしていた。 決して王室尊崇の志を発揮したわけではない。 要するに、一々会場や応接を手配するのが「めんどくさいワイ」というわけである。 彼の無精は、ミス・ロングビル、もといフーケが捕まったころから酷くなっている。 「生徒の皆さんはこの格好をステキと思ってくれるでしょうか?」 コルベールは、一般的に見て珍妙な格好をしていた。 その『一般』に彼自身は含まれていない。 変なロール(コロネ?)のついた金髪の鬘をつけているため、彼の地毛は見えない。 また、ローブにはテントウ虫のブローチがついており、胸の部分がはだけている。 「みなさ…ん?」 コルベールが教室の中に入っていったが、誰も反応しない。 それどころか、教室中の生徒が静まり返っている。 生徒の雑談が全くない。 彼自身の授業中では一度も実現できなかった静寂だ。 「あは、は、ははは…」 いや、ミス・ヴァリエールが時たま乾いた笑い声を出している。 教壇にはミスタ・ギトーの『首』が生えている。 正確には置いてあり、それに向かってブチャラティが説教をしていた。 時たま、手に持ったメイジの杖でギトーの額をハタいている。 その近くにはミス・ツェルプストーが立ちすくんでいる。 「キュルケもだ、室内であんなに大きな炎を出して…周りに迷惑がかかるだろうが」 「そ、そうね。ごめんなさいダーリン。私少し感情的になりすぎちゃったわ…」 「問題は君だ。ギトー。」 「学生を挑発した挙句ふっとばすだと?怪我をさせたらどうするつもりだ?何を考えている!」 「わ、私はいったいどうなたんだ?!」 目のおびえの様子から察するに、彼は自分の置かれた状況が理解できていない様だ。 「人の話を聞けッ!」 ブチャラティはそう叫んで、今度は頭部を『縦』に分けた。 つまり、前列の生徒たちは…… 生きている人体標本の頭部断面をじっくりと観察するハメになったわけで…… パタパタと机に突っ伏すものが続出した。 「グッ……オェ~!!」 「むっ!いいぞ、マリコルヌ君。その表情!リアルだ!」 「それに生きている脳なんてめったに見られるもんじゃない!」 ギトーは今何もしゃべることができないだろう。 鼻は何とかつながっているので呼吸はできるが。 「おまけにだ…君の話は『風』系統の自慢話ばかりだ。あんなものは『講義』とはいえない。君は教育者としての自覚があるのか? そんなに自分の系統に自慢があるのならば、なぜ破壊の杖捜索に志願しなかった?」 ぺチン。 ギトーの杖と彼の額が間抜けな音を奏でる。 その杖はおそらくミスタギトーから取り上げた杖だろう。 ミスタギトーの『首から下』が、教壇の下に転がっている。もがいているが、仰向けになっている。 そこから移動できていない。 コルベールは意を決して、教室の教壇へと進んでいく。 「み、皆さん!本日の講義はすべて中止です!」 「えー……皆さんにお知らせです」 彼はのけぞって、教室の静寂を取り除こうといっそう声を張り上げた。 その拍子に頭にのせた馬鹿でかいカツラがとれ、彼本来の、光の反射しやすい頭皮が見えた。 「す、滑りやすい」 タバサが、自分の頭をなでながらつぶやいた。 「……」 「……」 「プ…プププ、クックック。ハハハハハハハ!」 露伴が笑い始める。 「フフフ…」 「ハハッ!」 それにつられて、学生たちも笑い始めた。 「ええい、黙りなさい小童共!貴族はそのような笑いをするものではありません!」 彼の剣幕により、教室内はまたもや静寂に包まれたが、身が切れそうな冷徹な雰囲気は霧散していた。 「皆さん、恐れ多くも、アンリエッタ姫殿下が……」 皆がコルベールに率いられ、教室を出て行く。『品評会』の準備をする為だ。 気絶した連中も、コルベールが「レビテーション」の魔法で医務室に連れ出した。 「どうしよう、まだまだ先のことだと思って、何の対策も練ってないわ……しかも姫さまがご覧になるなんて。なんとかしないと……」 ルイズが上の空で教室を出、自分の部屋に向かっていった。 ブチャラティ達がその後に続く。軽快な会話と共に。 「ダーリン。さすがにやりすぎじゃないかしら?」 「いや、ブチャラティさんのやることにお間違いはない」 「ギーシュ、さすがにそれは買いかぶりすぎだ……」 「ムーー!!」(私はどうなっってしまったんだ?) ギトーは元の体に繋ぎ直されていた。 しかし、その代わりに、『お口にチャック』をされていた。リアルで。 そのような光景を見ることも無く、未だ教室内から動こうとしない者達がいた。 その二人は無言で向かい合う。心なしか目元が暗い。 「タバサ……ナイスガッツ」 「グッドフォロー、ロハン」 「…」 「…」 ピシ! ガシ! グッ!グッ! 太陽が、学院全体を明るく照らしていた。
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前ページ次ページゼロの花嫁 ゼロの花嫁13話「ハルケギニア最強の漢」 ロングビルは長く顔を出していなかった、贔屓の商人の下に顔を出す。 商人の眉間には向こう傷があり、右の肩口は大きく変形している。何より印象的なのはその眼光だ。 気の弱い者ならば、古傷を負った顔の恐ろしさと相まって卒倒してしまう事受けあいである。 そんないかにもカタギとはかけ離れた商人に、気安く世間話を持ちかける。 「久しぶり、どう? 商売はうまくいってるかしら?」 対する商人の男は、不機嫌の極みといった顔だ。 「……アンタがエモノ持ってきてくれりゃ、もうちょい景気も良くなるんだがね」 「そう簡単に言わないでよ。命賭けた程度じゃ手に入らないような物持って来ようってんだから」 下町の一角、少しでもこの街を知る者ならば決して近づかない区画の最奥にある、今にも崩れ落ちそうな掘っ立て小屋の中で、ロングビルは男と話をしていた。 「だったらこっちに用はねえよ」 「……少しは愛想良くしなさいよ。随分儲けさせてあげたでしょうに」 「代金は払った。それ以上を望むか?」 すぐに両手を上に挙げて見せる。降参の合図だ。 「ごめん、悪かったわ。だから少し話を聞かせてちょうだい」 ようやく椅子に座ってくれた商人は、テーブルの上に置いてあった酒瓶をそのまま呷る。 「……飲むか?」 ロングビルが首を横に振ると、男はただでさえ底冷えのする眼光を更に鋭く光らせる。 「俺の酒を断るってか?」 「酒はおいしく飲むものよ」 「安酒で悪かったな……フン、相手がてめぇでなきゃ今頃袋叩きにしてる所だよ」 個人の持ちうる最強クラスの戦闘能力を保持しているメイジ、その中でもトライアングルであり実戦慣れのおまけまで付いているロングビルにケンカを売る程、男も愚かではなかった。 「さっさと用を言え」 強面も脅しもそよ風のように受け流し、常と変わらぬ様子で会話を続けるロングビル。 「アルビオンの近況を聞かせて欲しいのよ。貴方最近顔出してきたばかりなんでしょ?」 男は再度酒を口の中に流し込む。 「最悪だありゃ。商売以前の問題だな、半年もたず国が潰れるぞ」 ロングビルの表情が硬くなる。 「そんなにキツイの? 内乱の規模なんてせいぜい一都市程度だったんでしょ?」 「持ち直せるかどうかは、今頃やりあってるだろう会戦次第だ。俺は負けると踏んだがね」 トリステイン国内に流れてくる情報とは著しい差異が見られる。 「ちょ、ちょっと待ってよ。どうやったらあの馬鹿みたいに強い空軍倒せるのよ」 男はツマミを探してテーブルの下を覗き込むが、見つからないとなると早々に諦めたようだ。 「半分は反乱軍に取り込まれちまった、残りも時間の問題だな。クロムウェルってのがどうやったかは知らんが、空軍に限らず次々正規軍の奴等が取り込まれてる。あれじゃ幾ら戦力があったって勝てん」 少し考え込んだ後、ロングビルは自信無さげに呟く。 「もしかして魔法? マジックアイテムが絡んでるとか……」 「さあな。口説く手は他にもあるだろうし、それも使ってるんだろうが、要所要所で魔法が絡んでると俺は睨んだね。でもなきゃアルビオンの古豪までが寝返る理由がわからん」 「戦力分布聞いていい?」 男は面倒臭そうに立ち上がると、棚の奥から地図を引っ張り出してテーブルの上に広げる。 小汚い字でずらずらと描かれて居る配置を見る限り、五分で渡り合ってるようにも見える。 そう、一都市程度の戦力しかなかった反乱軍は、既にそこまで勢力を広げているのだ。 男が説明を加えると、当面の所は問題無しとロングビルは判断する。 妹が居る村は、これなら多分巻き込まれるような事は無いだろう。 だが、懸案事項は残る。 「ねえ……これだけ全土で戦の気配が漂ってると、物価、物凄く上がってるんじゃない?」 「だから商売にならねえって言っただろうが。こっちから下手に商品持ち込んだ日にゃ、一週間と持たず商隊ごとかっ攫われちまうだろうしよ」 治安の悪化も著しいらしい。 それでもアルビオンに信用のおける商人は存在するが、彼等とて物が無ければ値段を上げる他無くなる。 「今の穀物相場、わかる?」 男がテーブルの上に乱雑に詰まれた紙の束の中から、それらしい物を引きずり出してロングビルに見せると、彼女の目が驚愕に見開かれる。 「嘘っ!? 何よこれ!」 半ばぼやくように男は語る。 「な、アホらしくなるだろ。仕入れる気も無くなっちまったんで、馬鹿面下げて何もせず引き上げて来たって話よ」 アルビオン特産品の外での価格も当然高騰してるはずなのだが、それ以上の勢いで全ての価格が跳ね上がってしまっている。 利に聡い商人たちは、早々にアルビオンを見捨てにかかっているという事だ。 「反乱軍にでもツテがありゃ別なんだろうが……アンタそういうの無いかい? どうもそっちにゃトリステイン・アルビオン間の商人じゃねえ連中が出張ってきてるみたいなんでよ」 半分冗談、半分本気でそんな事を言ったのだが、聞かれたロングビルはそれ所ではない。 妹の為にと既に置いてきてある金を、どうやりくりしたってこの物価では持ちこたえられない。 程なく全ての財産を食い尽くしてしまう事だろう。 それでも妹一人ならばどうとでもなろうが、あの村に居るたくさんの子供達を見捨て自分だけのうのうと食べるような真似をあの子は決してしないだろう。 秘書として与えられている給金からかなりの量を送ってもあるのだが、とてもじゃないが追いつくような額じゃない。 「おい、その身代賭けた商品が検問と税金と野盗に残らずかっさらわれたみたいな顔は一体何事だ?」 男の声で我に返ったロングビルは、礼を言って小屋を後にする。 「結局、こういう運命なのよね……」 帰り道、そう呟いたロングビルは、行くつもりだった酒場には寄らず学園へと戻っていった。 何時ものバーでアニエスはグラスを傾けている。 「今日は……来れないのか」 そう一人ごちると、マスターに勘定を払い店を出る。 とびっきりの良いニュースを持ってきたのだが、まあ良い、明日にでも伝えればいい。 ワルド子爵からシュバリエの申請が正式に通ったとの話があったのだ。 もしロングビルも軍役に就くというのであれば、ロングビルの分も新たに申請しようと言ってくれた。 ロングビルはあまり軍を好まないし、もしかしたら断るかもしれない。 しかし、ロングビルと共に仕事が出来るかもしれない。 二人でなら、きっとどんな敵にだって負けはしない。 そんな夢溢れる空想をどうして止められよう。 ロングビルに強要するような真似をしない為にも、自分の希望は極力抑えて話をしなければならない。 だが、足取り軽く跳ねるように歩いてしまうのは、アニエス自身にもどうにも抑えの効かぬ事であった。 最初に発見したのは燦である。 「でっかいな~。あれも魔法なん?」 暢気な口調だったので、問われたルイズも何の気無しにそちらを見てみただけだ。 そして目が飛び出しそうな程瞼を開くルイズ。 「な、なななななななっ!?」 ルイズの声で気付いたのかキュルケもタバサも唖然としたままソレを見上げている。 全員、脳内で自らの正気を確認してる模様。 何で学園のど真ん中に軍用に使うような巨大ゴーレムが聳え立って居るのか。 「キュルケ、タバサ……何あれ?」 そんな馬鹿な言葉を発してしまったのも、動揺していたせいだろう。 「……ゴーレムじゃない?」 「……大きいゴーレム」 キュルケとタバサが馬鹿な返答をしてしまったのも、やはり動揺していたせいだと思われる。 しかしそこは無駄に危険に満ちた人生を送っている四人、すぐに我に返って対応する。 四人は何時ものように誰も居ない離れで昼食を取っている最中であったので、周囲に人は…… 「な、なによあれえええええええええ!?」 聞き覚えのある絶叫が、広場の入り口付近から聞こえてきた。モンモランシーのようだ。 どうも彼女、最近とみに不幸遭遇率が高い模様。 ルイズは、モンモランシーに教師を呼ぶよう指示する。 「モンモランシーは先生呼んできて! あれはとりあえず私達が様子見てくるから!」 「ちょ、ちょっとアンタ達! もしかしてあの側に行く気!? 正気……かどうかをアンタ達に聞くのはそれこそ無意味よね」 いろんな物を諦めながら広場から駆け出していくモンモランシー。 タバサと燦の二人はシルフィードに乗って上から、ルイズとキュルケの二人は地上から全長30メイルの巨大ゴーレムへと接近する。 ゴゥンッ!! ゴーレムは塔の一角に拳を叩き込む。 貴重品を保管する場所でもある強固な魔法で守られた塔は、それでも崩れ落ちる事は無かったが、四人はこれでゴーレムを完全に敵と判断する。 上空から近寄るタバサと燦の二人は、ゴーレムの肩口に人が乗っているのを見つける。 「あれが術者。叩き落せばゴーレムは止まる」 しかしすぐにゴーレムもシルフィードに気付き、手の平を大きく開いたまま平手をかましてくる。 有効打撃面積が広すぎる。 学園食堂で使っている巨大テーブル用テーブルクロスを一杯に広げたような、そんな壁がシルフィードへと迫る。 馬鹿馬鹿しい程に強力な一打を、シルフィードはゴーレムから距離を取る事で回避する。 それでも手の平を振る事で生じた竜巻のような旋風により、シルフィードは大きく体勢を崩す。 燦はそのやり口にカチンと来たようだ。 「エゲツない事してくれるで……タバサちゃん! ゴーレムにシルフィード寄せられるか!?」 「どうする気?」 背負った剣に手をかけ、燦は不敵に笑う。 「飛び移ってとっ捕まえたる!」 タバサの返答は早かった。 「絶対無理。お願いだから止めて」 当たり前だ。飛び降りれる場所はほとんど無く、失敗したら30メイル近く落下してしまう。当然即死であろう。 「えー」 「えーじゃない。落っこちたら拾えないから、大人しくしてて」 そこで不意にタバサは気付く。 二手に分かれたのは失敗だった。 何故なら下の二人がするであろう無茶を、止めてくれる人は誰も居ないのだから。 無理無茶無法がウリのルイズとキュルケでも、この巨大な物体はどうしようもない。 遂にゴーレムが塔の一部を粉砕する事に成功し、術者の塔への侵入を許しても手も足も出なかった。 尤もそれで黙ってくれるようならタバサもコルベールも苦労はしない。 キュルケにこの場を任せ、ルイズは塔の下部にある衛兵詰所から武器をかっぱらってくる。 「どうキュルケ?」 先ほどから何度も炎を叩き付けているのだが、いっかな効果が上がらない。 「やっぱ術者狙いね。塔の中から出てきた時が勝負よ」 そこまで言うと、怪訝そうな顔でルイズが手に持つ武器を見やる。 「……アンタ弓何て使えたっけ?」 「初めてだけど、何とかなるでしょ。流石に拳は届かないだろうし」 そもそもどうしてロクに使ってもいない魔法学園の衛兵詰所に弓があるのかも不思議である。 ルイズは試しにと全力で弓を引いてみる。 ぶちん 弦が千切れてしまった。 「ヤワな弓ねぇ」 「……ねえルイズ。アンタのやってる訓練に関して色々と言いたい事が出来たんだけど」 「後になさい。別の弓取ってくるわ」 何とか犯人が塔から出てくるのには間に合った。 深くフードを被った犯人が背負っている袋は、直径で1メートル程の大きさ。 それが丸く膨らんでいる所と、侵入してから脱出するまでの時間を鑑みるに、片っ端から宝物を突っ込んできたか。 キュルケとルイズが同時に攻撃を開始する。 流石に魔法は狙い過たず犯人へと吸い込まれていくが、ゴーレムが僅かに動いただけで土の壁に阻まれる。 ルイズの矢は論外である。 30メイル近く上に居る標的付近にまで矢の威力が失われぬ膂力は大したものかもしれないが、如何せん精度が無い。 「下手な鉄砲でも数打てば当たるのよ!」 「下手に甘んじてないで工夫なさいよ」 キュルケの魔法はある程度の誘導が可能であるが、ゴーレムの術者はきっちりキュルケの魔法に対応してきている。 その間隙を縫うようにルイズは矢を放つのだが、やはり命中打は無い。 相手にはしてられぬと、ゴーレムは二人に背を向け逃亡にかかる。 キュルケは舌打ちをすると、走ってゴーレムを追う。 「何やってんのキュルケ! 正面に出たら避けらんないわよ!」 ルイズの注意も耳に入っていない。 いざとなればレビテーションの魔法で一息に逃げられるとの読みあってだ。 でもなければ、この巨大ゴーレムの真正面に立つなどという真似、出来るはずがない。 ルイズとて何時でも闇雲に危険を冒している訳ではない。 自分なりの勝算あっての勝負(確率が低いとか失敗したら死ぬとかを無視してはいるが)であって、確実に死ぬとわかってる真似をしたりはしない。 この場合、ゴーレムの前に出るという事はルイズにとっては確実な死、そしてゴーレムは止められぬという最悪の結果を招くと確信していた。 ルイズの俊敏さを持ってしても、ゴーレムが地面を嘗めるように片足を振り回してきたら、回避の術が無い。 矢で術者の動きを少しでも制限して、地上からのキュルケ、空中からのタバサの魔法に賭ける。 それが最適だと考えたのだ。 しかし、ゴーレムの二本の腕はこの二者からの魔法を完璧に防ぎきっており、キュルケが移動したのもそれに業を煮やしての事であった。 より射角の取りやすい位置へ、だがそれは死と隣合わせの場所である。 「馬鹿! そこはダメよ!」 ルイズはキュルケが取った位置取りを見て悲鳴をあげる。 確かにゴーレムはまだ足による攻撃をした事は無い。しかしそれが今後絶対やってこないという理由になどならない。 あそこまで踏み込んではキュルケの魔法でも避けるのは無理と考え、上空のタバサに合図を送る。 振り下ろす腕ならば、例え手を大きく広げていようと魔法の詠唱が充分間に合う。 攻撃魔法の詠唱途中でそれをされたら、その時はタイミングの判断が必要だ。 逆に言えばそこさえミスらなければ、この位置からでも充分攻撃出来る。 キュルケは、ゴーレムが足で蹴ってくる可能性を失念していた。 「キュルケ!」 叫びながら駆け寄るルイズ。 ゴーレムの予備動作だけでその動きを見切れたのは、体術の訓練を馬鹿みたいに繰り返してきたおかげであろう。 キュルケはルイズが半ばまで駆けて来た所で、ようやくそれに気づいた。 呆然とした顔で、大地を削り取りながら迫る巨大な土壁を見つめている。 絶望の壁がキュルケに辿り着くより、ルイズがキュルケを突き飛ばす方が先であった。 もちろんそれでかわせるような幅ではない。 それでも、伏せていればまだ助かる可能性もあるかもしれない。そんな期待がルイズにはあった。 しかしゴーレムの術者は流石にその扱いに長けているようで、大地とゴーレムの振るわれる足との間に隙間は無かった。 ルイズは両腕を前に交差させ、インパクトの瞬間を待つ。 死ぬ。そう思う。これは生きて帰れぬ。間違いなくそう思う。 こんな質量をこの勢いでぶち込まれては、原型すら留めず比喩でなしにバラバラに砕かれる。 それでも意地で耐えてやる。こんな所で死んでなるものか。 土壁に憎しみの視線を叩き付け、ルイズは構えた。 タバサがそうしたのは何故だろう。 自分は何があろうと死ねぬ身だ。 生き残って初めて大切な人を守れるのだ。 そんなタバサがシルフィードに命じる。 二人を助けろと。 タイミングはギリギリ間に合わない、巻き込まれてこちらも死ぬ可能性の方が高い。 だから魔法を唱えた。 エアハンマー。 上方から放たれるこの魔法では、二人はただ地面に押しつぶされるのみ。 だからエアハンマーの目標は二人のすぐ直前の大地、タイミングは二人が交錯した瞬間。 僅かにタイミングがそれるが、構わず魔法を放つ。 地面にぶつかった空気の流れは、大地に弾かれ、斜め下から斜め上へと力強く押し出す風となる。 これによって二人は斜め上方に吹っ飛ばされ、宙を舞う。 それを上からかっさらうような形でシルフィードの後ろ足が掴み、まっすぐ前へと飛びぬける。 シルフィードの尻尾がゴーレムの足が巻き起こした竜巻に巻き込まれて渦を巻くも、辛うじてあの質量だけは避けきってみせた。 しかしそれでも危機は脱していない。 斜め上方から急降下して地面すれすれを飛んでいるのだ。失速し墜落するかもしれない危機は続いている。 速度は当然落ちていない。二人を拾うにはそれでもギリギリだったのだから。 こんな勢いで地面に激突すれば、全員が致命傷を負いかねない。 シルフィードは必死に堪えた。 上へ、舞い上がるんだ、私が、みんなを守るんだ。 「きゅいーーーーーーーーーー!!」 シルフィードの気合の声と共に翼が斜め上方に傾く。 前方からの風を受け、体が大きく上へ引き上げられる。 一瞬、浮力が失われる瞬間。 シルフィードは有らん限りの力を込めて、両翼を力強く羽ばたいた。 その一旋で体が完全に真上を向く。 タバサと燦はシルフィードの首にひっ捕まってこれを堪える。 まだまだ危機は去っていない。 ゴーレムは大きく一歩を踏み出し、シルフィードを狙っている。 肩口まで振り上げ、自由落下に任せて落とされた腕。 その稜線に沿うように真上へ向けて上昇を続ける。 掠らせてもダメだ。今、シルフィードは皆の命を預かっているのだから。 一気にゴーレムの頭上まで飛びあがったシルフィード。 しかし一点、彼女の見事な成功に水を差す事態が発生していた。 「お姉様! ルイズが落ちちゃったのね!」 シルフィードはタバサに言葉を発する事を禁じられてはいた。しかしそんな事言ってる余裕など無かった。 タバサは咎める事もせず、シルフィードの首から両手を離し、背中を数歩駆けた後、勢い良く宙へと飛び出して行った。 ルイズは突然の浮遊感の理由に気付き、本当に頼れる友人に心の中で美辞麗句を並べ立てる。 キュルケも突き飛ばして体が横になった状態で居たので、ルイズよりも大きく宙を舞っていたおかげか、シルフィードのもう片方の足にがっしりと捕まえられている。 あの巨大ゴーレムの腕が全力で振るわれるのを超至近距離で見るというド迫力の映像を経て、ルイズは次なる算段を立てる。 九死に一生を得たはずのルイズは、既に勝つ為のプランを練っていたのだ。 『この間合いなら! 絶対かわせないわよ!』 ゴーレムの頭部横を飛びあがっていくシルフィード。 その足から、ルイズは強引に自分の体を引き抜いた。 目指す落下点はゴーレムの肩。 そこに居る、あの憎っくきフードの盗賊! 飛び蹴りの一発で叩き落して、自分は肩に着地。 逃げ場など何処にも無い。かわせるものならかわしてみろ! しかし何たる事か、フードの盗賊はルイズの蹴りを待つまでもなく、自ら前方へと身を投げ出したではないか。 その理由に気付いてルイズは歯噛みする。 ゴーレムの腕に着地するよう、自らとゴーレムを操れば良い話だ。 でっかい袋を背負っている割に奴め、やたら動きが良い。 こうなってくると厳しいのはルイズだ。 蹴り飛ばす反動も考えて飛び降りていたので、このままでは勢いがつきすぎている。 この際見た目云々言っている場合ではない、何としてでもゴーレムの肩にしがみつかなければ落下して真っ赤な花を咲かせるハメになる。 足の先が辛うじてゴーレムの肩に触れる。 ぐきっ 足首が捩れてそこで踏ん張る事が出来なかった。 『マズッ!?』 そのまんま勢い良く飛び出してしまうルイズ。 『……あっちゃー、こりゃ死んだかしらね』 そんな暢気な事を考えてるルイズの視界に、必死の形相でこちらへと飛んでくるタバサの姿が見えた。 『ホント……頼れる子よね、タバサって』 これが終わったら例え破産する事になろうと、思う存分食事を奢ってやろうと心に決めたルイズであった。 使い魔も使い魔なら主も主だ。二人揃って似たような無茶をしたがるとは。 そんな事を考えながら、タバサはルイズを抱えて大地に着地する。 すぐに逸るルイズに釘を刺す。 「これ以上は無理。追跡だけに留めておくべき」 しかしルイズの闘志は微塵も薄れない。 「冗談でしょ? こんだけ死ぬ思いさせられて、どうして黙って通してやんなきゃなんないのよ」 「もう充分。これ以上は本気で死人が出る」 「今更そこ恐がる所?」 まるで引かない。意地になっているのではなく、この期に及んでルイズはあの巨大ゴーレムに勝つ気で居るのだ。 タバサは、これだけは言いたくないと思っていた一言を口にする。 「……私は、まだ死ねない」 ルイズからの返答は至極あっさりとしたものであった。 「みたいね。そういう動き方してるわ、貴女」 驚きが顔に出てしまう。それを見たルイズは、この場の雰囲気にはまるでそぐわない、優し気な手つきでタバサの頬を撫でる。 「だからさっきのは本当嬉しかったわ。ありがとタバサ」 そう言ってルイズはゴーレムに向かって駆け出して行った。 後ろも見ずに、最後の言葉を言い残す。 「生きて戻ったら私の奢りで好きな物食べさせてあげるわ! アンタはそこで待ってなさい!」 タバサは言葉も無く立ち尽くすのみであった。 燦はシルフィードの上から、ルイズがゴーレム目掛けて駆けて行く様子を見下ろしていた。 「ルイズちゃん……まだ、ヤル気なん……」 その果て無き闘志、決して折れぬ信念、敵の大きさではなく、自らの心に従って戦うか否かを定める毅然とした姿勢。 ああ、自分の主人は、何と勇敢で、男気に溢れた好漢なのであろう。 タバサに、飛竜の上でのハウリングボイスは余程うまく射角を取らないとシルフィードにも当たると言われここまで黙っていたが、これ以上何もせぬなど瀬戸内人魚の名折れだ。 自分は使い魔だ。決して前に出る存在ではない。 なら、そんな自分がこの戦いで出来る事は一体何か。 「私に出来る事は! 精一杯ルイズちゃんを応援したる事だけじゃ!」 家族以外には行った事がなく、出来るかどうか余り自信はない。 「ううん、私とルイズちゃんの絆ならきっと届く! いいや届けてみせるで!」 「人魚古代歌詞(エンシェントリリック)! 英雄の詩!!」 タバサにはそれに気付けるだけの素養があった。 人知れず修羅場をくぐりぬけてきたタバサだからわかる、その圧倒的な気配。 突如聞こえてきた燦の歌声に呼応するかのごとく、ルイズの全身から放たれる気質ががらっと変わった。 だからであろう、そのルイズ目掛けてゴーレムが拳を放った時も、あれでは倒せぬ、そう確信出来たのは。 「スローすぎて、欠伸が出るわね」 ルイズは振り抜かれたゴーレムの拳の上に立ちそう言い放つ。 まるで異界の生物でも見るように、畏れ、恐れ、怖れる。我が身が震えるのを止められぬタバサ。 「あれは……一体何? 本当にルイズ?」 一時たりとも目は離していない。 たった今タバサに優しく声をかけてくれたルイズは、あそこに立って昂然と腕を組んでいるルイズと同一人物のはずだ。 違う。 あれはもっと圧倒的で絶望的な何かだ。 何度も難敵と戦ってきたタバサをして一度も出会った事がない、そう思わしめる程、今のルイズが放つ鬼気ともいうべき気配は絶大であった。 術者が居ないあの巨大ゴーレムを自らの魔法のみで蹴散らせ。 そう言われるのと変わらぬ絶望感。あのルイズにはソレと同じレベルの何かがあった。 「サンの歌? にしてもアレは別次元すぎる……あんなモノがこの世に存在する事自体間違ってる……」 アレが何をする気なのか、理解出来た。 アイツはサイズの違いすら一顧だにせず、巨大ゴーレムと真正面から殴り合いをするつもりなのだ。 ふっと頭に浮かんだ単語を口にする。 「神……いや、あれはむしろ……」 かつて始祖ブリミルを守護したという強力無比な使い魔の存在を思い出す。 伝承に語られる程の戦いも、あれ程の存在感があれば為し得るかもしれない。 タバサは引き寄せられるようにルイズの姿に魅入られていた。 その力があれば術者を狙う事も容易かろう。 術者はゴーレムの片手の上におり、その挙動に集中しているのだから。 だがルイズはそうしなかった。 遠くで見守る者にすら霞んで見える程の俊足で、ゴーレムの腕を駆け上がる。 「ほおおおおおお、あたぁっ!!」 肩口まで駆け上がった勢いそのままに、ゴーレム左耳付近に拳を叩き込む。 打ち込まれた拳を基点に、放射状に頭部を走った亀裂は一瞬で反対側へぶち抜け、僅かに遅れて襲い掛かる衝撃が頭部全体を吹き飛ばす。 ただの一撃、それだけでルイズの数倍の大きさがある頭部が粉微塵となったのだ。 「聞こえるわよサン! 貴女の声が! 心が! だから私は何処までも強くなれる!」 再生が始った頭部を放置し、何とルイズはゴーレムの肩から飛び降りる。 「あーたたたたたたたたたたたたたたたほあたぁっ!!」 飛び降り様に喉元に一発の拳を。その衝撃は首後ろに突き抜けボコッという音と共に大きな膨らみを作り出す。 ルイズは落下しながら更に、胸板、鳩尾、腹部、腰に無数の連打を叩き込む。 拳が打ち込まれる度、ゴーレムの背中に気泡のごとき膨らみが増えていく。 そしてそれが当然のように、ルイズは音も無く大地へと着地する。 同時に膨らんだ無数の気泡が弾け、轟音と共に崩れ落ちるゴーレム。 ルイズはその様を見ながら、心底愉快そうに口の端を挙げる。 「どうしたの!? これで終わりじゃないわよ! さあ立ちなさい! 胸を! 腹を! 腰を! 全てを再構築して立ち上がりなさい! 貴方には私を満足させる義務があるわ! 何度でも! 何十回でも! 何百回でも! 何千回でも! 百万の屍を積み上げる代わりに、貴方が何度でも蘇り私の拳を受け止めなさい! それこそが! 唯一貴方がこの世で出来る事よ! ただその為に生き! 私に尽くしなさい!」 もう誰だコイツと。 テンション上がりすぎて最早別人格である。 再び懲りもせず振り下ろしてきたゴーレムの拳。 硬度を上げ、鉄のごとき強度を誇るその拳を見て、ルイズはにやりと笑う。 「フフ、これなら崩れ落ちる心配も無さそうね」 右手の親指、人差し指、中指、左手の親指、人差し指、中指。 六本の指を前に突き出す。 インパクトの瞬間を見切るなぞ、今のルイズには造作も無い。 「ふんぬらばあああああああ!!」 白魚のように細く透き通る指。 それが六つ。 ルイズはそれだけでゴーレムの拳を受け止める。 衝撃に耐え切れなかったのは、ルイズではなく両の足を支える大地だ。 がりがりと嫌な音を立てながら削り取られる大地。 しかし、それもほんの1メイル程でぴたりと止まる。 ゴーレムがぶるぶるとその全身を震わせるも、ルイズはびくともしない。 「……なるほどね。今の私を下がらせるなんて、その巨体は伊達じゃないわね。面白いわよ、あ・な・た」 今もゴーレムは力を込め続けている。その証が震える体よ。 そんな中、ルイズは支点を六本の指から、片手のみへと切り替える。 そして、浮いた片腕を無造作に振り上げ、 「ほあたぁっ!!」 鉄並みの堅さを持つ拳に叩き込む。 土より硬度がある代わりに柔軟性を欠いた拳は、衝撃を逃がす事も出来ず、瞬時に肘まで亀裂が走る。 「でも、最初に私を狙ったのと同じやり方で倒そうというのは気に喰わないわ」 バカンッと腕が爆ぜる。 さあ、次の攻撃よ早く来い。そうルイズの目線が告げている。 その瞳からは、感情を持たぬゴーレムすら恐怖に震えさせると錯覚する程の、闘気が漏れ出していた。 腕の再生も待たず、ゴーレムはルイズ目掛けて足を振り上げる。 蹴り飛ばすのではない。 完膚なきまでにその重量が伝わるように、ルイズを踏みつけんとしているのだ。 当然足の硬度も上げている。 今度は腕を支える程度では済まない圧力がルイズを襲うはず。 「そうよ、そう! いいわ! 工夫の後が見られるのは素晴らしいわ!」 天を全て覆う様なゴーレムの足裏を見上げながら、両膝を落とし構える。 ルイズがかかと側の位置になるように。ここならば、足先より高い力がかかるはず。 これが俺の全力だ! そんなゴーレムの叫びすら聞こえてくるような、全体重を乗せた踏み付け。 体のバランスを取り、踏みつける足に全ての重心を乗せられるよう動く見事な挙動は、ゴーレムの意地か、操る者の技量か。 ああ、そんな全力を真っ向から打ち破る事の何と心地よきか。 反動からか、ルイズの真下の大地が一瞬でクレーターの様に大きくへこむ。 もちろんゴーレムの足によるものではなく、拳を振り上げたルイズの足が放った反動だ。 踵は粉々に砕け散り、更に足首、脛までもが真上へと振り上げられた拳の一撃で粉砕される。 重心をそちらにかけていた為、大きく体勢を崩して倒れるゴーレム。 その位置を、ミリ単位で見切っていたルイズは、すぐ側に倒れ込む巨大な構造物にも眉一つ動かさず。 巻き起こる土煙すらルイズを恐れ、その周囲を取り囲む事を拒否している。 「邪魔よ」 ルイズは埃でも払うかのように足を振るい、すぐ隣に落ちてきていた見上げんばかりの胴体部を蹴り飛ばす。 力を入れ方を工夫したのか胴体は砕ける事もせず、その数十メイル程の巨体がごろんごろんと転がる。 こんな真似をしているルイズは無論、生身である。 その身体に損傷を負わせられれば倒せる、はずである。 しかし、30メイルの巨大ゴーレム相手に人間サイズで平然と力比べをしてみせるこの物体の硬度がどれ程のものなのか、想像する気すら起きない。 燦の歌には力がある。 心繋いだ相手にその力を与える歌が「英雄の詩」である。 しかしこれ程の強化が為し得るなど燦ですら考えていなかった。 心の繋がり、お互いを信じあう心が「英雄の詩」の真髄だ。 ならば主と使い魔、ルーンを通して神秘の力で繋がる二人の絆は、かつて燦が経験した事のない程強い物である事は想像に難くない。 この歌の副次効果である、男前な性質強化も嫌な方向にぶちぬけきっている所を見るに、力の強度は天元すら突破しそうな勢いだ。 これだけの大騒ぎ、学院に居る生徒で聞きつけない者など居まい。 皆が皆校舎の窓に張り付いてこの戦いを見守っている。 モンモランシーに呼び出され、おっとり刀で駆けつけた教師陣も、ただ唖然と見守る事しか出来ない。 危ないからと共に来てくれたギーシュに、モンモランシーは戦いに目を貼り付けたまま問う。 「ギーシュ、アンタアレにケンカ売ってたの?」 同じくギーシュもまたルイズの勇姿から目を離せない。 「いやいやいやいやいやいやいやいや……無い、あれは無い。おかしいよ、絶対。何もかもが」 「同感だけど、ほら私の目から入ってくる光景が常識全てを否定してくれるのよ。何とかしてよギーシュ」 「モンモランシー、なるほど、これは僕一人が見ている白昼夢じゃないんだね。とても認められないけど、もし仮に万に一つとしてあれが現実であったと仮定したなら、やっぱりどうしようもないんじゃないかなぁ」 ゴーレムが崩れ去る直前に何とか大地に着地した、フードを目深に被った盗賊、土くれのフーケことロングビル。 眼前に繰り広げられる光景が信じられず、何度もこの悪夢を打ち破らんとゴーレムを挑ませるが、都度より深き絶望を味わう。 背負っていた袋が破れ、盗み出した宝物が毀れ落ちているのにも気付かず、冷静さの欠片も無い闇雲さで、笑えるぐらい必死に、ひたすらこのヒトっぽい何かを叩き伏せんと挑みかかる。 「嘘よ……ウソ……こんな事が……」 自らのゴーレムに対する自信は無論あった。 だがそれが絶対の力でない、そう思う程には賢かったはずである。破れる事も、倒される事もありうると思っていた。 ならば何故ロングビルはこんなにもルイズ撃破に拘るのであろうか。 理由は簡単、ただただ一重に恐怖故、それだけである。 ゴーレムが及ばなければロングビルにコレに対抗する手段は残されていない。 あの強力、俊敏さ、圧倒的なまでの殺意、戦闘の最中で歓喜に震え哄笑を上げる狂気、どれを取っても、勝てる要素が見当たらない。 あんな存在が、この世にあるなんて、始祖ブリミルの力すら及ばぬだろう、遭遇した事が不運、そう断じる他無い存在。 じりじりと後ずさりながらゴーレムを操っていたロングビルは、遂に正気の限界を迎える。 「いやああああああああ!!」 悲鳴と共に再生も半ばのゴーレムをルイズに覆い被らせる。 ほんの僅かの間でもいい、これで時間を稼いで少しでも遠くへ逃げる。 ゴーレムも学園の秘宝もどうでもいい。とにかく、もう一秒たりともこの場所に居たくない。 あんなものの攻撃対象になっているなど、そうと認識するだけで気が狂ってしまう。 体中から再生途中の土を振り溢しながら、全身を使ってルイズに覆い被さるゴーレム。 「ほおおおおおおおおおっ!」 如何なる呼吸法か、そう叫ぶルイズの全身に、ソレ、を為すに十二分な力が漲っていく。 「ああああったたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたあたぁっ!!」 外部からはゴーレムの姿しか見えぬが、ルイズの打撃が放たれている事は良くわかる。 ゴーレムの全身に次々生じる瘤から土砂が吹き上がり、人の形を保っていたゴーレムの部位を片っ端からただの土くれへと変えていく。 もうどうにでもしてくれといった気分で見物していたタバサは、それ以上再生しないゴーレムを見て、決着が着いた事を悟った。 そこで気付く。 術者を探さなければ意味が無い事に。 冷静なタバサをしてそんな簡単な事を失念させる程、この光景が現実離れしていたのである。 慌てて周囲を探るが、ゴーレムを覆い被らせた直後に逃亡したのであろう、すぐ近くに姿は見られなかった。 上空を舞うシルフィードを呼び、追跡に移ろうとするタバサ。 だが、更にもう一つの事に気付いた。 ゴーレムの残骸である土砂の中に居るはずのルイズは、いっかなそこから出て来ようとしないのだ。 そしてこれが一番恐ろしかったのだが、ついさっきまで周辺に満ち満ちていた重苦しい存在感が消え失せてしまっている。 シルフィードがタバサの側に降りてくると、歌を止めた燦が慌てた顔でタバサに駆け寄ってきた。 「タバサちゃん、何かルイズちゃんに歌届いてないみたいなんよ……」 タバサはもう一度土砂の山を見る。 燦の歌を聴く事でルイズは力を得た。そう仮定するのなら、あれだけの量の土砂に埋もれている現在、ここでどれだけ大声を出そうと聞こえるはずもなく、だとするのなら…… 土砂の山に駆け寄りながら、タバサは燦に指示を出す。 「学院に行って人手を集めて来て。多分ルイズは生き埋めになったまま身動きが取れなくなってる」 「ええええええええっ!!」 燦は悲鳴をあげながら駆け出して行った。 タバサはキュルケにも手を借りようと声をかけるが、キュルケの反応が妙に鈍い。 「キュルケ?」 「あ、ああうん。大丈夫よ。ルイズ掘り返すのよね」 この緊急時にキュルケの対応が鈍いというのも少し変だと思ったが、それ以上に気になる事が山盛あったので、そちらを先に整理する事にした。 燦とルイズのこの力、下手に扱ったらとんでもない事になってしまうだろうから。 生徒達はほとんどが現場に近づくのを嫌がったので、教師陣と一部の生徒達でルイズを掘り起こす。 その間に賊の探索が進められたが、森の中に宝物が転がっている以外の収穫は得られなかった。 その中で、燦は土砂に埋もれていた一本の杖を発見する。 オールドオスマンが教えてくれたその杖の名は「名も無き杖」といい、何がしかの能力を秘めているのだが、それが何なのかわからない物品らしい。 その杖を前に、燦はうーんと頭を捻る。 「どうかしたかの?」 「私これどっかで見た事ある……何処じゃったかな……」 不意に思い出したのか、ぽんと手を叩く。 「そうじゃ! これ政さんがやっとるウチの通販商品じゃ!」 オールドオスマンは興味深げに燦に問い返す。 「知っておるのか? ワシもこれを手に入れたのは偶然じゃったからのう。霧の中で一人の……」 オールドオスマンの昔話は放置で燦は嬉しそうに言った。 「迷槍涅府血遊云(めいそうネプチューン)じゃ! 間違いないで! 確かコレ体の異常とか治してくれる浄化の力がある言うてた奴じゃ!」 ちょっと寂しそうだったが、名無しから格上げ出来そうなので、オールドオスマンは素直に燦に感謝する事にした。 「ふむ、ミス・ヴァリエールの使い魔は中々に博識じゃのう。他にも色々あるが、良ければ見てはくれんか?」 「ええよ。通販商品全部覚えてる訳じゃないけど、私でわかるものじゃったら」 この時タバサの耳が僅かに動いた事に、気付く者は無かった。 草木が生い茂る森の中をひた走る。 盛り上がった木の根に足を取られても、不気味にうねった蔦に腕を取られても、ねっとりへばりつく苔むした幹に顔をすり擦っても、ロングビルは止まらなかった。 後ろなど恐ろしくて振り返れない。 次の瞬間真後ろから、城砦程もあるゴーレムを子供の玩具扱いする腕力を振るってくるかもしれない。 足を止めた瞬間、あの俊敏さをもって瞬間移動でもしてきたかのように眼前に姿を現すかもしれない。 先日野盗紛いの特殊部隊とやりあった、あの時の比ではない。 奴等は理解出来た。強さも、存在意義も。 しかしアレは違う。 どうやってアレが存在しえているのか、どうすればアレになれるのか、そも、あんなモノが何故この世に存在しているのか解らない。 直前までは魔法も使えぬただの小娘だったではないか。それがどうして、何故、どうやって…… 様々な疑問が頭を駆け巡り、ロングビルをより深き混沌へと誘っていく。 千々に乱れた思考を纏める余裕もなく、こけつまろびつ逃げ続けるロングビル。 隠れ家の一つとしていた小屋に駆け込みドアを閉めて鍵をかけ、ようやく永劫にも似た逃亡の時間を終わらせる事が出来た。 床に仰向けに倒れ、今にも止まりそうだった呼吸を整える。 背負っていた荷物は三分の一までに減ってしまっている。 突然、何かに気付いたかのように跳ね起きて窓の外を伺う。 そこに動く物の気配が見て取れないと、大きく安堵の吐息を漏らして再び床に座り込む。 そこら中に盗み取ってきた宝物が無造作に転がっている。 宝石、玉、剣に杖、首飾りや王冠等が散らばっているのが見える。 それらが価値ある物なのはわかる。それでも、今のロングビルにはどうしてもガラクタの山にしか見えなかった。 無性に悲しくなって来る。 「……ねえアニエス、教えてよ。私、一体何やってんのよ……」 立てた膝に顔を埋めて、何が悲しいのかもわからぬまま、ロングビルは一人涙を溢した。 前ページ次ページゼロの花嫁
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前ページ次ページ風林火山 ―――――朝もやの中、勘助達は馬へと乗った。 秘密裏に、学院を出発しようというのだ。 ―――ザッ 後ろから、近づいてくる足音があった。 「誰だ?」 警戒しながら勘助が、問う。 もしかしたら、アンリエッタの話が漏れてしまったのかもしれない。 ギーシュが見つからなかったくらいなのだから、あり得ない話では無い。 「僕は敵では無い。トリステイン一国がかかっているんだ。やはり、君たちだけで行かせるわけにはいかないだろう。とは言っても、隠密行動だ。一部隊つけるわけにもいかなくてね。僕が指名されたのさ」 若い、男の声だった。 見れば、長身の、羽帽子をかぶった貴族である。 「女王陛下直属の部隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 ワルドは、帽子を取ると一礼した。 「ワルドさま・・・」 ルイズは、頬染めていった。 「ルイズ!僕のルイズ!久しぶりだね!」 勘助は、それを茫然と見つめた。 人懐っこい笑顔で、ルイズを抱きかかえる。 「彼らを、紹介してくれたまえ」 「グラモン家のギーシュと、使い魔の勘助ですわ」 二人りは、ワルドに一礼した。 「君がルイズの使い魔かい?人とは思わなかったな」 「僕の婚約者がお世話になっているよ。」 今度こそ、勘助は驚いた。 (姫様の、婚約者!) だが、あり得ない話では無い。 ヴァリエール家は、トリステイン有数の貴族である。 ならば、予め婚約者が決められていてもおかしくは無い。 それに、ルイズはどうやらワルドにあこがれているらしい。 ワルドも、態度からルイズを悪くは思っていないようだ。 ならば、これは祝福すべきことなのだろうか。 (まだ、わからん) 本当に、ルイズに・・・姫様にとって、ふさわしい相手なのかどうか、見極めなければならない。 今の段階では、まだ判断はできないだろう。 旅の途中で、見極めるしかないようだ。 「おいで、ルイズ」 と、ワルドはルイズを自分のグリフォンへと招いた。 ルイズは、少しもじもじとしていたが、やがてワルドの元へと駆け寄った。 ワルドはそれを抱えると、高らかに宣言した。 「さぁ、諸君!出発だ!」 ―――――学院を出発して、半日近くが経っていた。 ギーシュは疲れを見せていたが、それでも何とか食らいついてきている。 「ミスタ・カンスケ」 突然、ギーシュが語りかけてきた。 「何だ」 「・・・僕は、貴方との決闘に敗れた」 真剣な表情をしていた。 ギーシュは、勘助の方を見ずに、言っている。 「僕は思うんだ。もし、僕がスクウェアクラスであっても、君には勝てなかったんじゃないだろうか、と。それは、君が強いからじゃ、決してない。単純な実力では、僕は君に勝っていると思っている」 勘助は、何も言わずに聞いている。 「あの時、僕はなぜ負けたか。ずっと考えていたんだ。貴方は、真剣だった。命のやり取りをするという、実感があったのかもしれない。けれど、僕にはそれが無かった。平民に負けるわけがない、という思いから、油断をしていた」 パカ、パカ、と馬が走る音が聞こえる。 へとへとになりながらも、必死に馬を操り、語り続ける。 「だから、僕は考えている。あの時、油断しなければ勝てたのだろうか、と。否、勝てなかったと僕は思う。奇襲を予め予想しても、何故だか、貴方はそれを上まわって来るような気がしてならない」 そして、ギーシュはしっかりと、勘助を見やった。 「ミスタ・カンスケ。貴方の知恵を、僕に教えてほしい。僕を、貴方の弟子として欲しい。貴方は、以前東方の大国の、軍師をしていたという。僕に、その知識を、教えてくれないだろうか」 ほう、と勘助はうなった。 (軽薄で、まともな考えを持たない小僧だとばかり思っていたが・・・) これはこれで、真剣に考えているらしい。 「僕は、グラモン家の息子だ。グラモン家は、多くの有能な軍人を輩出してきた。僕も、行く行くは軍人となる。決して、貴方から得た知識は無駄にしない。それ相応の礼も、します」 「それは、本気か?」 聞くまでもないだろう、と勘助は思った。 「始祖ブリミルの名、そして貴族としての誇りをかけて、本気であると誓えます」 満足な答えが返ってきた。 これを無碍に断るようでは、男がすたる。 「良かろう。だが、俺は平民だ。平民に教えを請うとは、聞こえが悪いと思うが?」 「枢機卿も平民出身だと聞きます。何より、能あるものに、貴族も平民も無いと、実感しました―――先の、ご無礼をお許しください。どうか、その知を私にくださるよう」 ふ、と勘助は笑うと、唐突に馬の速度を上げた。 「小僧、遅れるな!あれに置いてかれるぞ」 そして、ギーシュは弟子と認められた。 ―――――何度か馬を替え、ひたすらに走ってきた勘助達は、その人うちにラ・ロシェールの港町の入り口に到着した。 なんとか喰らいついてきたギーシュだが、すでに体力は限界で、息も絶え絶えだった。 なんとか一息つけるという安心からか、安堵の笑みを浮かべている。 その時である。 ―――ヒュン と、一本の矢が飛んできた。 と思うと、2本、3本とどんどんと矢は飛んでくる。 見れば、崖上には松明を持った影があった。 「奇襲だ!」 ギーシュが叫んだ。 松明が投げ落とされ、馬が悲鳴を上げた。 矢の一つが馬の尻にささり、暴れまわった。 無数の矢は、勘助とギーシュだけをめがけて飛んでくる。 デルヒリンガーを手に、勘助は矢を切り落とす。 「ワルキューレを出せ!盾にしろ!」 ギーシュへ怒鳴る。 慌ててギーシュがワルキューレを出し、とりあえず矢を防ぐ。 「大丈夫か!」 ワルドが、勘助達の元へと走ってきた。 「山賊の類か?」 ワルドが呟く。 「万が一とは思うが、アルビオンの者である可能性もある。捉えねばならぬ」 そのとき・・・ ばっさばっさという音が聞こえた。 聞き覚えのある、羽音である。 それは、タバサのシルフィードであった。 崖の上の人間は、残らず蹴散らされていた。 「おまたせ」 ピョン、とキュルケがその背から飛び降りた。 ルイズは、グリフォンから飛び降り、キュルケに怒鳴った。 「おまたせじゃないわよ!なにしに来たの!」 「助けに来てあげたんじゃないの。朝方、見かけたから後をつけてきたの。」 「キュルケ。あのねぇ、これはお忍びなのよ。」 「あら、それだったらそういえば良いじゃない。言わなきゃわからないわ。それに、貴方達を襲った連中を捕まえたんだから。感謝して貰わなきゃ、割に合わないわ」 言うと、勘助の腕へと抱きついてきた。 「ダーリン。心配してたのよ?まぁ、あんなのダーリンなら何でもなかったでしょうけれどね」 勘助は、その腕を振り解く。 「礼を言う。ギーシュ、それを尋問するぞ」 それきり、キュルケには目をやらずに、山賊の尋問を開始する。 はたして、山賊達はただの物盗りだとわかった。 その表情に、どこかぎこちなさはあるものの、捕まって尋問を受けているということを考えれば、特におかしいという訳はない。 相手によっては、全員の首が、胴から離れてもおかしくないからである。 山賊達が持っていた、僅かな金貨と銀貨を懐に納め、勘助達は町の宿へと向かった。 ―――――ラ・ロシェールで最も高い宿に、女神の杵へと勘助達は宿泊した。 馬に乗ってくたくたになっていたギーシュは、すでに部屋へと入っていた。 キュルケとタバサも、恐らくは戻っているだろう。 勘助は、桟橋へ交渉へ行っていた二人を、一人で待っていた。 「アルビオンへの船は、明後日にならないと出ないそうだ」 交渉から帰ってきた二人は、勘助に、そう告げた。 こればかりは、どうしようも無いと、それぞれは部屋へと戻った。 ギーシュと勘助は、相部屋であった。 (小僧、すでに寝ているかな) 思い、部屋のドアを開いた。 だが、ギーシュは起きていた。 正座をし、師たる勘助を待っていた。 「ほう、起きていたか」 「弟子に入ったその日に、師の事を忘れて眠る程、肝は据わってません」 「ふむ」 殊勝である。 だが、勘助もこんな日に起きていろというほど、酷では無い。 「今日はご苦労だった。何、アルビオンに行くまで日もある。今日は、疲れをとっておけ」 しかし、ギーシュは首を縦には振らない。 「私は、学ぶために弟子入りしました。時間があるのであれば、少しでも多くの事を吸収したいのです。どうか、戦について教えて頂きたいのです」 (ほう・・・意外と、器かもしれん) まだ何も教えたという訳ではないが、姿勢は素晴らしいものがある。 あるいは、大した器なのかもしれない。 だが――― 「師と仰ぐなら、その言葉に従わなくてはいかんな・・・今日は、おとなしく休んでおけ」 言葉を受け、ようやく首を縦に振った。 「・・・それでは、御先に失礼します」 言うと、バタリ、と倒れてしまった。 よほど、疲れていたのかもしれない。 ランプの炎を消し、勘助も目を閉じた。 ―――――翌日。 勘助は、ノックの音で目を覚ました。 ギーシュは、死んだように眠っている。 体を起こし、ノックの主を向かいいれる。 「おはよう。使い魔君」 羽帽子をかぶった、ワルドであった。 勘助より、背が頭一つ分は高い。 「おはようございます。しかし、出発は明日のはずでは?」 ワルドは、にっこりと笑って言った。 「君は、伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」 「む」 ワルドは、ごまかすように言った。 「土くれのフーケの話を聞いてね。少し、興味を持って君を調べてみたんだ。・・・率直に言おう。あの『土くれ』を捕まえた、君の腕を知りたい。ちょっと、手合わせして貰えないか?」 その言葉に、勘助は目を光らせる。 「フーケを捕まえた、腕を見たいと?」 「あぁ。そこの中庭は、昔の砦の、修練場があったはずだ。そこまで、お願いできるかな?」 「ふむ・・・少し、用意をしてからで構わないのであれば」 ルイズにふさわしい相手か、これだけで決めるのには無理がある。 だが、腕前や知恵の一端を見る事は出来るだろう。 そう思い、勘助は戦いの『準備』を始めた。 ―――――勘助とワルドは、中庭の修練場へとやってきた。 「立会には、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」 と、ルイズが姿を現した。 二人の姿を見たルイズは、はっとした顔になった。 「ワルド、来いって言ったから来てみれば、一体何をする気なの?」 「貴族というのは、厄介でね・・・強いか弱いか、それが気になるとどうにもならなくなるのさ・・・ルイズ、ここで見届けてくれ」 ルイズは、勘助を見た。 「やめなさい!これは命令よ!」 「・・・姫様、申し訳ありませぬ」 それに、ワルドは笑い、言った。 「さぁ、介添人も来たことだし、はじめようか」 ワルドが、さ、と構える。 しかし。 「待った」 勘助は、それを止めた。 ワルドは、面を食らったように勘助を見た。 「こちらにも、介添人という訳ではないが、これを見せたい者がいる」 と、ギーシュがやってきた。 「あれは、先日某の弟子となった。師の戦いを、その眼で見せなくては勿体無いだろう」 「ふ、いいだろう。それについては、こちらが止める事は無いよ。・・・それにしても、貴族が平民の弟子となるか。いや、悪く言ってるんじゃないよ」 ワルドは、ギーシュを見て言った。 「さぁ、今度こそ大丈夫かな?はじめよう」 「御意」 今度こそ、二人は構えた。 勘助は、背中に背負ったデルフリンガーに手をやり、ワルドは杖を構えた。 ―――ザッ ワルドが、一足に勘助の目の前へと迫った。 杖を、レイピアのように構え、目にも止まらぬ突きを繰り出してくる。 それを、何とか剣で受け流しながら、勘助は後退する。 「どうした、使い魔君!守っているだけでは、何もできないぞ!」 言いながらも、決して手は緩めない 勘助は、デルフリンガーで杖を押し返した。 「――ハァッ!」 ワルドは、わずかにたたらを踏み、後退した。 その隙を突き、勘助はデルフリンガーを大振りに振る。 しかし、ワルドはそれを、難なくかわした。 「さすがに、強いな!元軍人だというのも、本当だろう!」 大振りをかわされた隙を突かれ、勘助は腰を地面に打ち付けた。 「並のメイジが相手なら、そうそう負ける事は無いだろう!」 その途端にバネのように飛び起き、距離をとった。 しかし、ワルドはすぐに距離を詰める。 「だが、相手が悪かった・・・僕は、魔法衛士隊の隊長だ・・・並のメイジとは違う!」 突きの速度が上がっていく。 ―――デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ・・・ 突きながら、呟くように呪文を唱えている。 「クッ」 「相棒!いけねぇ、魔法が来るぜ!」 バッと後ろへと飛んだ。 しかし、ワルドの操る、巨大な空気のハンマーは、横殴りに勘助を吹き飛ばした。 勘助は、樽に体を打ちつけた。 その拍子に、剣を落とした。 「勝負ありだ!」 ワルドは、デルフリンガーに足を乗せ、宣言した。 「わかったろう、ルイズ。彼では君を守れない」 そう言い、顔をルイズへと向けた。 「小僧!」 勘助が叫ぶ。 「なっ!」 デルフリンガーを中心にして、地面が泥と化した。 意識をルイズに向けていたワルドの脚は、すでに膝まで埋まっている。 「くっ・・・これは!」 そして、勘助は腰から下げていた、日本刀を抜いた。 「油断したな、ワルド子爵」 刀はワルドの首に、ピタ、とついた。 「こ、降参だ・・・」 額に汗を浮かべながら、ワルドは言った。 ―――――ルイズは、困惑したように勘助を見つめていた。 「どうか、致しましたか?姫様」 聞かれて、意を決したようにルイズは言った。 「その・・・今の、卑怯じゃないの?結局、勘助とギーシュ二人がかりでワルドと戦ったんだから」 その言葉に答えたのは、勘助では無かった。 「いいや。これは、まぎれもなく僕の負けだよ。なんたって、僕は『フーケを捕まえた腕前を見せてくれ』といったのだからね」 え?とルイズが首をかしげた。 「某は、自らの腕っ節でフーケを捕まえられるとは、思ってはおりません。そもそも、教師達を呼ばなければ、フーケを捕まえる事は成らなかったでしょう。全ては、策によるもの。ならば、その腕前を見せろ、と言われたのであれば―――」 「当然、何らかの策を持って挑む。そう、僕が迂闊だったのさ。勝ったと思って、気を抜いてしまった、僕のミスだ」 ワルドは、潔く自らの負けを認めた。 「まぁ、敗者はおとなしく部屋に戻るとするよ。それでは、また後で」 そのまま、部屋へと戻ってしまった。 勘助達も、つられる形で、部屋へと帰還した。 ―――――夜。 勘助達は、最後の晩餐とばかりに酒場にいた。 いよいよ、明日は生死をかけた、敵地での任務である。 この酒場で出せる、最高の料理と酒がふるまわれていた。 ルイズは、ワルドと二人で何事か話していた。 だが、キュルケが勘助に近づくと、キッ、っと睨むことは忘れなかった。 その度に、勘助は背中に汗をかきながら、キュルケを振り払っていた。 と、勘助は、外の様子に何か違和感を覚えた (・・・なんだ?) ふと、席を立ち、外をみやる。 「な・・・!」 一瞬、言葉を失った。 以前、倒した筈の、巨大なゴーレムが、そこにいた。 それだけではない。 数は、決して多くはないが、傭兵達が並んでいる。 そして、後ろでキュルケも、ゴーレムの姿に気づいた。 「フーケ!」 その言葉に、全員が反応した。 慌てて席を立ち、それを見る。 「感激だわ。覚えててくれたのね」 マントで全身で隠してはいるが、まぎれもなくフーケの声である。 「牢屋に入っていたんじゃ・・・」 キュルケが、苦い顔でつぶやく。 「親切な人がいてね。私みたいな人間は、世の為に働かなくては、と出してくれたのよ」 フーケのゴーレムのすぐそばに、黒マントに仮面を羽織った人間らしき影があった。 あれが、フーケを脱獄させたのだろうか。 「何しにきたの?」 キュルケが、言った。 「素敵なバカンスをありがとう、ってお礼を言いに来たんじゃないの!」 ゴーレムの拳が、酒場の壁を破壊した。 そこから、ワッと傭兵達が入ってくる。 ワルドが、魔法で応戦した。 何人かは、風で飛ばされるが、不利を悟るとすぐに引き返す。 そして、魔法の射程外から矢を射ってきた。 「く」 さすがに、ワルドもお手上げらしい。 とりあえず、テーブルを壁として、持ち応える。 「十中八九、アルビオンに、ばれたんだろうね」 ワルドが言った。 「奴ら、私たちの精神力が尽きるまで待つつもりね・・・どうする?」 そこで、勘助が提言する。 「ここで、全員で戦えば、何人かが犠牲になろう。全員で逃げても、同じだ。だが、腕の立つ半数が囮となり足止めし、残る半分が、先に退く」 妥当なところだろう。 「まぁ、それしかないでしょうね。ってことで、ルイズ。あんた、先に行きなさい」 「ちょ、それって私が腕のない方だって言ってるの!?」 「それもあるけど、どっちみち私とタバサじゃ一緒に行っても何するか分からないわよ。あんたとワルド、勘助が行くしかないじゃ無い」 「うむ。後は、任せた」 その言葉に、キュルケは目を細めて頷く。 「勿論、安心していいわ」 勘助は、ギーシュに目をやった。 「小僧。さっきワルドにしたことを、忘れるなよ。あれは、相手が巨大であればあるほど効果が増す。お前にとって、フーケは決して相性が悪くはない」 ギーシュが、頷く。 「お任せください。安心して、お行きください。師よ」 そのまま、勘助達は酒場を脱出した。 裏口から出ると、中で派手な爆発音がした。 「始まったみたいね・・・」 ワルドは、壁にぴたりと張り付き、ドアの向こうの様子を探った。 「誰もいないようだ」 ドアを開け、街の中へと躍り出る。 ワルドが先頭をゆき、殿は勘助である。 月夜の中、三つの人影は、『桟橋』へと、走って行った。 ―――――裏口から、勘助達が出たことを確認してから、キュルケはギーシュに命令した。 「奥に、油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋かい?なるほど、わかった」 ワルキューレは、矢でその身を打たれながらも、何とか油を手に戻ってきた。 「それを、入口に向かって投げて」 ギーシュは、ゴーレムを操り、油を入口へと、投げた。 それに向かい、キュルケが杖を振る。 炎が現れ、そして鍋の油に引火した。 ―――ドン、 と爆発を起こす。 入口付近の炎は、突入をしようとしていた傭兵達も巻き込み、激しく燃え盛る。 さらに、キュルケは色気を含む、優雅なしぐさで杖を振るう。 そのたびに、炎は操られ、名も知らぬ傭兵達を優しく包んだ。 キュルケめがけて、矢が何本も飛んでくるが、タバサはそれをすべて風で逸らした。 「名も知らぬ傭兵の皆様方。貴方がたがどうして、私たちを襲うのか、全く存じませんけども」 降りしきる矢の中。 キュルケは、優雅に一礼した。 「この『微熱』のキュルケ。謹んで、お相手致しますわ」 炎に焼かれ、傭兵達は踊るようにして逃げ去る。 「おっほっほ!おほ!おっほっほ!」 キュルケは、勝ち誇り笑い声をあげる。 「見た?私の炎の威力を!やけどしたくなかったら、おうちへ帰りなさいよね!あっはっは!」 と、轟音とともに入口がなくなった。 「え?」 もうもうと立ち込める土埃の中、巨大なゴーレムが姿を現した。 炎に包まれる傭兵達を、指で弾いて飛ばす。 「忘れてたわ。あの、業突く張りのお姉さんがいたんだった」 「調子に乗るんじゃないよ!小娘どもが!」 フーケは、声を怒らせ、キュルケ達に叫んだ。 キュルケは、杖を上げ、呪文を唱えようとしてた。 だが。 ―――ザッ その前に、ギーシュが立ちはだかっていた。 「キュルケ、タバサ。君たちは、傭兵達を頼む」 背中で、ギーシュが語った。 「いやまぁ、それはいいけど・・・あんた、『ドット』でしょう?相手は、曲がりなりにも『トライアングル』よ?勝ち目、無いんじゃなくて?」 背中が震えた。 どうやら、笑ったようだ。 「そのくらいの実力差、大したものでは無いよ。戦い方次第では、『ドット』が『スクウェア』にだって勝てる。最も、これは僕の言葉では無いけれど・・・」 ギーシュは、薔薇の杖を掲げた。 「でも、今から見せてあげるよ。『ドット』が『トライアングル』を倒すところをね」 呪文を唱える。 「ふぅん。『ドット』ねぇ・・・随分と、舐められたもんじゃないか!」 フーケが怒鳴る。 語気も荒くなり、すでに地が出ているようだ。 「一つだけ、予言しよう。君が、そこを動いたら、その瞬間に・・・勝利は、僕のものだ」 それで、切れた。 「ふ―――ふざけるなぁッ!」 ゴーレムの手が鉄に変化した。 そして、恐るべき速度で襲いかかってきた。 が ―――ドロ ゴーレムの足が、泥に埋まった。 「どうだい。そんなに大きければ、それだけでもう、身動きがとれないだろう」 ギーシュは、フーケに向かって、言った。 「確かに、大きいということはそれだけで強い。だが、大きいが故の弱点も又、あるんだよ。・・・ワルキューレ!」 ギーシュが、ワルキューレを一体作り出す。 身動きがとれない、フーケのゴーレムの腕に、軽いステップで飛び乗り、走る。 だが・・・ フーケの口が、歪んだ。 「ふ・・・あはははは!とんだ浅知恵だね!そんなんで、このあたしを倒したつもりかい!」 一瞬のうちに、ゴーレムが崩れた。 「あんたも土のメイジなら分るだろう・・・ゴーレムはねぇ!土と精神力さえあれば、何度でも作れるのさ!」 ゴーレムの崩落に、ワルキューレが巻き込まれる。 そして、泥沼のわずか前に、巨大なゴーレムが作り上げられ始めた。 「わかっているさ」 ポツリ、とギーシュはつぶやいた。 「そんなこと、言われるまでもない。いや・・・むしろ、それを忘れているのは君の方じゃないのかな?」 ギーシュが、杖を振るった。 「な・・・に!?」 フーケの顔が、驚愕に染まった。 フーケの目前、一体のワルキューレが現れたのである。 「ゴーレムは土と精神力さえあれば、何度でも作れる!そう・・・例えそれが、他人が作った、『ゴーレムだったもの』だとしても!」 高らかに、宣言する。 「君がゴーレムを壊したその瞬間に、ゴーレムの体はただの土となる!20メイル以上の、巨大なゴーレムだ・・・ワルキューレを作るには、十分すぎる材料さ!」 ワルキューレは、その剣でフーケの杖を両断した。 「ぐ・・・がはっ!」 レビテーションも唱えられず、20メートル近くからフーケは落下した。 そして、『土くれ』の名の通り、土にまみれたフーケの目前には、ワルキューレがあった。 「フーケ。僕は、出来る事なら女性を手に掛けたくはない。そのまま引くというのなら、追いはしない」 「ぐ・・・くぐ・・・く・・・」 フーケは、ただ呻いている。 (勝った・・・ドットであるこの僕が、フーケに・・・トライアングルに!) ギーシュの中は、喜びで満ちていた。 だが。 「ぐ・・く、くふ。くふ、くふ、くふふ・・・くははははははは!」 突然笑い始めたフーケ。 そして・・・その姿が、みるみる変質していく。 「そんな・・・」 そこには、30メイルは越えようかという、巨大なゴーレムの姿があった。 「おかしいったらありゃしないね!『ドット』が『トライアングル』を倒せるなんて、本当に思ってたのかい!」 ゴーレムより、100メイルは離れていよう、草の陰から、フーケは姿を現わした。 「ゴーレムを扱っているメイジは、無防備になる・・・姿を隠すのは、当り前のことさ!」 そう、それは当たり前だった。 『ドット』であるギーシュは、ゴーレムを遠距離から操るということは、難しい。 だが、フーケ程の使い手であれば、自分そっくりのゴーレムを作ることだって、あの巨大なゴーレムを、遠くから操ることだって、出来るに違いない。 「そう・・・だから、この前の時よりも小さかったのね」 キュルケが、呟いた。 さすがに、二体のゴーレムを操れば、ゴーレムの大きさにも限界ができるのだろう。 「さて。このゴーレムは、さっきのより随分大きいね。すると、さっきの『錬金』はより効果的になるわけだ・・・もう一度、やってみるかい?」 「う・・・」 ギーシュがたじろいだ。 当然だ。 不意を突かねば、簡単に『錬金』など防がれてしまう。 単純に、ギーシュの『錬金』の力よりも、フーケの『錬金』の力の方が上なのだ。 「ふふ。さて、それじゃあ・・・舐めて貰ったお礼でもしてやろうかねぇ!」 ゴーレムの拳が、振るわれる。 「ひ・・・」 逃げよう、と思った。 でも、足が動かなかった。 「この・・・馬鹿!」 キュルケが、力任せにギーシュを吹っ飛ばした。 「うわぁっ!」 あられもない声を上げ、ギーシュが吹っ飛ばされる。 キュルケの『ファイアーボール』と、ゴーレムの拳が真正面からぶつかった。 しかし、ゴーレムの拳は、炎を物ともせずに向かってくる。 それに、タバサの『エア・ハンマー』が横からぶつかった。 軌道が僅かに逸れ、キュルケはそこから逃げだした。 「無理」 ぼそりと、タバサが呟く。 同時に、モクモク、と煙が上がった。 「ち・・・目くらましか!」 フーケが叫んだ。 ゴーレムが、拳をぶんぶんと振りまわす。 それだけで、分厚い煙幕は薄まっていく。 「あのゴーレム相手じゃ、ちょっと戦力不足だわ・・・退くわよ!時間も稼いだし、多分、大丈夫よ!」 バサリ、とシルフィードがやってくる。 2人は、それに乗った。 「ちょ、ギーシュ!なにしてるの!早く来なさい!」 (わ、わかってる、んだけど、ね・・・) だが、動けない。 体が、言うことを聞かないのだ。 「ご、ごめ・・・足、が」 「あぁもう!あんだけ大口叩いておいて、結局それじゃない!」 がくがく、と体が震えていた。 これが、初めての実戦だからだろうか。 (これが・・・命をかけた、戦い・・・) 自分の力が、通用しなかった。 危うく、殺されるところだった。 それを実感して、初めて体が竦んだ。 股間が、濡れた。 「全く・・・初めは、格好良かったのに」 「無様」 「あはは・・・このことは、師匠・・・勘助には言わないでくれよ。格好悪いからね・・・」 散々に言われてしまった。 でも、仕方無い。 (次こそは・・・) 師によれば、最強の系統である『土』、その使い手なのだ。 同じ無様は、もう許されない。 前ページ次ページ風林火山
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ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。 「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。 「一つ残念な知らせがある」 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。 「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。 「僕とルイズは同室だ」 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。 「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」 「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。 「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」 と、ルイズに同意を求める。 「あ……うん、そうね。私も、その方が……」 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。 「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。 「ええ、じゃあ」 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。 「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」 「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。 (いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。 「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」 「うるさいわいッ」 「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」 「やかましいわいッ!」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。 ――ワルドからのプロポーズ。 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。 To Be Contined → 29 戻る
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前ページ次ページゼロのアトリエ ラ・ロシェールで一番上等な宿『女神の杵』亭に止まることにした一行は、 一階の酒場でくつろいでいた。 生のにんじんをかじりつつニンジン酒を注文するヴィオラートに、呆れ返るキュルケ。 何かの草のサラダをもくもくと咀嚼するタバサ。 精根使い果たした顔で、テーブルに突っ伏しているのはギーシュ。 そこに、桟橋へ乗船の交渉に言っていたワルドとルイズが帰って来る。 ワルドは席に着くと、困ったように言った。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ。」 「急ぎの任務なのに…」 ルイズは口を尖らせる。 「どうして明後日にならないと船が出ないの?」 問うたキュルケのほうを向き、ワルドが答えた。 「月が重なる『スヴェル』の翌日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づくんだ。」 ヴィオラートはほろ酔い気分の頭で、潮の満ち引きでも関係してるんだろうか、と思った。 潮の満ち引きは月の動きで決まるからなあ。 「さて、じゃあ今日はもう寝よう。部屋を取った。」 ワルドは鍵束をテーブルの上に置いた。 「キュルケとタバサ、ミス・プラターネが相部屋だ。そしてギーシュが一人部屋。」 「僕とルイズは相部屋だ。婚約者だからな、当然だろう。」 ルイズがはっとして、ワルドの方を向く。 「そんな、ダメよ!私達まだ結婚してるわけじゃないじゃない!」 しかし、ワルドは首を振ってルイズを見つめた。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい。」 ゼロのアトリエ ~ハルケギニアの錬金術師17~ 貴族相手の宿『女神の杵』亭で一番豪華な部屋だけあって、ワルドとルイズの部屋は、 かなり立派なつくりであった。 誰の趣味なのか、ベッドは天蓋つきの立派なものだったし、高そうなレースの飾りがついていた。 テーブルに座ると、ワルドはワインの栓を抜いて杯についだ。それを飲み干す。 「君も一杯、やらないか?ルイズ。」 ルイズは言われたままにテーブルに着いた。 「二人に。」 ルイズはちょっと俯いて、杯を合わせる。 「姫殿下から預かった手紙はきちんと持っているかい?」 「…ええ。」 ルイズはポケットの上から、アンリエッタから預かった封筒を抑えた。 「心配かい?無事に皇太子から、姫殿下の手紙を取り戻せるかどうか。」 「…そうね、心配だわ。」 ルイズは可愛らしい眉を、への字に曲げて言った。 「大丈夫だよ、きっと上手く行く。なにせ、僕がついてるんだから。」 「そうね、あなたがいればきっと大丈夫よね。あなたは昔からとても頼もしかったものね。」 「それで、大事な話って何?」 ワルドは遠くを見る目になって、話し始める。 「君はいつもお姉さんと魔法の才能を比べられて、出来が悪いなんて言われてたね。」 ルイズは恥ずかしそうに俯く。 「でも僕は…それは、間違いだと思う。」 「君は、他人にはない特別な力を持っている。僕には、それが判るだけの力がある。」 「まさか」 「まさかじゃない。例えば、そう、君の使い魔…」 「ヴィオラートのこと?」 「そうだ。彼女が杖を振った時に浮かび上がったルーン、あれはただのルーンじゃない。伝説の使い魔の印さ。」 「伝説の使い魔の印?」 「そうさ、あれは『ミョズニトニルン』の印だ。始祖ブリミルが用いたという伝説の使い魔さ。」 ワルドの眼が光った。 「ミョズニトニルン?」 ルイズは怪訝そうに尋ねた。 「誰もが持てる使い魔じゃない。君はそれだけの力を持ったメイジなんだよ。」 「信じられないわ。」 ルイズは首を振った。ワルドは冗談を言っているのだと思った。 確かにヴィオラートは道具を持つとやたらと強くなったり、速くなったりするし、 先住魔法が使えて、桁外れの知識と実行力があって、その上信じられないくらい私に優しいけど。 伝説の使い魔だなんて信じられない。何かの間違いだろう。自分はゼロのルイズ、落ちこぼれなのだ。 どう考えても、ワルドが言うような力が自分にあるなんて思えない。 「君は偉大なメイジになるだろう。」 「そう、始祖ブリミルのように歴史に名を残すような素晴らしいメイジになるに違いない。僕はそう確信している。」 ワルドは熱っぽい口調で、ルイズを見つめた。 「この任務が終わったら結婚しよう、ルイズ。」 「え…」 いきなりのプロポーズに、ルイズははっとした顔になった。 「僕はこのまま終わるつもりはない。いずれはこの国、いやハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている。」 「で、でも…」 「でも、何だい?」 「わ、わたし、まだ…」 「もう子供じゃない。君は十六だ、自分の事は自分で決められるし、父上のお許しもある。確かに…」 ワルドはそこで言葉を切った。それから、再び顔を上げて、ルイズに顔を近づける。 「たしかに、ずっとほったらかしだった事は謝るよ。婚約者なんていえた義理じゃない。」 「でもルイズ、僕には君が必要なんだ。」 「ワルド…」 ルイズは考えた。憧れの人。幼い頃は本気で、ああ、私はこの人のお嫁さんになるんだと、そう思っていた。 でも今は。今はどうなのだろう? なぜか、それはできないような気がした。 ヴィオラートの、ワルドに向ける繕った笑顔が頭に浮かぶ。 「でも、でも…」 「でも?」 「わたしまだ、あなたに釣りあう立派なメイジじゃないし…もっと修行して…」 ルイズは俯いた。俯いたルイズを、ワルドがじっと見つめる。 「…今すぐに返事をくれとは言わないさ。とりあえずはこの旅の間に、僕を見ていてくれればいい。」 ルイズはただ、頷く。 「それじゃあ、もう寝ようか。疲れただろう。」 ワルドはルイズに近づいて、唇を合わせようとした。 ルイズの体が一瞬こわばり、すっとワルドを押し戻す。 「ルイズ?」 「ごめん、でもなんか、その。」 ルイズはもじもじしてワルドを見つめた。 ワルドは苦笑いして首を振る。 「急がないよ、僕は。」 ルイズは再び、頷いた。 どうしてだろう。ワルドは凛々しくて、こんなにも優しいのに。ずっと憧れていたのに。 結婚してくれと言われて嬉しくないわけじゃない、それなのに。 何かが心に引っかかる。引っかかったそれが、ルイズの心を前に歩かせないのだ。 翌日。ヴィオラートがいち早く起きてコメート原石を磨いていると、扉がノックされた。 「おはようございます。ミス・プラターネ。」 ドアを開けると、羽帽子をかぶったワルドがヴィオラートを見下ろしている。 「おはようございます。こんな朝早くから、どうしたんですか?」 ヴィオラートがそう言うと、ワルドはにっこり笑った。 「貴女は伝説の使い魔『ミョズニトニルン』なのでしょう?」 「え?」 ヴィオラートはきょとんとして、ワルドを見た。 ワルドは何故か誤魔化すように、首を傾げる。 「その、あれだ。フーケの一軒で、僕は貴女に興味を抱いたのだ。」 身振りがいつもよりも、大げさになっている。 「ルイズに聞きましたが、貴女は異世界からやってきたというではないですか。」 わざとらしく指を立てて、同意を求める。 「フーケを尋問した際にあなたに興味を持ち、王立図書館で『ミョズニトニルン』にたどりついたのです。」 なるほど、勉強熱心ですねと思った。 「あの土くれを捕まえた腕がどれくらいのものか、知りたいのです。少々お手合わせ願いたい。」 「お手合わせ、ですか?」 「そのとおり。」 「どこでやるんですか?」 「中庭に、練兵場があるはずです。」 ヴィオラートとワルドは中庭の練兵場で、二十歩ほど離れて向かい合う。 少しすると、物陰からルイズが姿を現した。 「ワルド。来いっていうから来てみれば、何をする気なの?」 「なに。貴族というのは厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ。」 ルイズはヴィオラートを見た。 「やめなさい。ワルドとやりあうなんて…」 ヴィオラートは答えない。ただ、ワルドを見つめている。 「なんなのよ!もう!」 「では、介添え人も来た事だし、始めるか。」 ワルドは腰の杖を引き抜いて、それを前に突き出す。 「えーっと、手加減とか…」 ヴィオラートがそう言うと、ワルドは薄く笑った。 「かまいません。全力で来て下さい。」 ヴィオラートは頷いて、杖を振った。帯状の火球が、ワルドに向かって飛ぶ。 しかしワルドは火球を避けようともせずに、構えた杖をまるで剣のようになぎ払う。 烈風が生まれ、炎をかき消し、残った火の粉がヴィオラートに向かい、服に着火した。 「あちち!あちゃあっ!」 ヴィオラートは情けない声をあげ、そばにあったたるの中に突っ込んだ。 水しぶきが上がり、あたりが静寂に包まれた後… ヴィオラートは、たるの縁に手をかけ、顔を半分だけ覗かせながら、 「水もしたたるいい女~…なーんてっ!」 と、高らかに宣言した。 ワルドは、肩を震わせて含み笑いを漏らした。 「くっくっ、いや失敬。少々力が入りすぎていたようです。」 少し肩の力が抜けた様子のワルドは、ため息を一つついた。 「着替えが終わったら、朝食にしましょう。僕が頼んでおきます。」 そういうと、踵を返した。 ヴィオラートとルイズは微動だにせず、ワルドの後姿をたっぷり見送る。 またしばらくの静寂の後、ようやくルイズが口を開いた。 「ヴィオラート。あなた、手を抜いたでしょう。」 ヴィオラートはたるに入ったまま、答える。 「うん。」 これでもかというくらい、水をしたたらせたままに。 前ページ次ページゼロのアトリエ
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爆発音が響き終わり、呻き声や啜り泣きが取って代わる様になると、 リンゴォは再び教室に入った。 「念のために部屋から出たが…まさか『再び』爆破を起こすとはな……」 そこらに転がっている生徒たちを踏みつけないようにルイズの――見当たらないが―― 教壇の方に近づいていく。 昇りかけの魂があったので肉体へ押し戻してやると、どうやら息を吹き返したようだ。 「ゲホゴホッ! ペッペッ!」 ルイズを見つける。爆心地に居ただろうに、なんともしぶとい。 「大丈夫か?」 周りの人間と比べれば大丈夫だろうが、一応聞いてみる。 「大丈夫なわけないじゃないの! 全身ボロボロよ…」 「いったい何をした?」 「何って…ちょっと錬成に失敗しただけよ!」 「ちょっとか?」 「ちょっとよ!」 ある程度離れて座っていた連中はかろうじて軽傷、幸運なものは無傷ですんだが、 爆心地に近い者たちは…推して知るべし、といった感じだ。 いや、比較的前のほうに座っていたキュルケとタバサに怪我らしい怪我は無かった。 「けど…変ね…。今まではこんなデカイ爆炎なんて出なかったのに……」 むしろ脅威なのは炎よりも爆風である。錬成されるはずだった石が粉々に砕け、 その破片が超高速の風に乗って吹き付ける。死者が出なかっただけ幸運だ。危うく出かけたが。 ルイズに申し付けられたのは、教室の後片付け。魔法を使わずに、である。 彼女には意味の無い制限であるが、他の制限を考えている暇は教師たちには無かった。 後ろの方の生徒はだいたい軽傷で、午後からの授業に支障を来たすほどではなかったし、 怪我の酷かった生徒も再起不能というほどではなかった。 しかし、しばらくの間は医務室のメイジたちが総動員される事だろう。不眠不休で。 「それにしても、みんなが思ったより頑丈でよかったわ」 あの爆発で誰も死ななかった事にルイズは心から安堵する。 「魔法というのは、失敗するとあんな事になるのか?」 「いつもはあんな大爆発じゃないのよ、もうちょっとだけ小さいわ」 先ほどからの発言から察するに、ルイズは常習犯、という奴らしい。 そんなことを考えながら、リンゴォは床を掃いていた。 「…ところで、お前は掃除をしないのか?」 さっきからルイズは椅子に座ったままリンゴォの掃除を眺め、そして時々愚痴をこぼしている。 「どーしてわたしが掃除なんかしなきゃなんないのよ。主人の罪は使い魔の罪って言ってね。 そーゆーわけだからアンタがやりなさい」 「それならそれで構わないが……俺と一緒にここに居る意味は無いだろう…。 さっさと部屋に帰るなり何なりしたらどうだ……」 「…! な、何よ! ご御主人様が使い魔の仕事ぶりを見てやってるって言うのに! 使い魔の癖に! そーまで言うなら、一人でいつまでもやってるがいいわ! その代わり、サボったりしたら夕食も抜きよ! サボらなくても抜くけど!」 そう捨て台詞を吐くと、ルイズは出て行ってしまった。 それからしばらくの間リンゴォは一人で部屋の掃除をしていた。 あらかた掃除も終わったところで、ふと何者かの気配に気付く。 「あら…? あなた一人?」 授業前に出会った煽情的な女……名をなんと言ったか……。 「確か…タバサの隣に居た、キュルケとかいったか?」 「え? ええ、そうだけど……ルイズは居ないの?」 自分より先にタバサの名前が出た事がキュルケは引っかかったが、そこは流しておく。 「さぁな…。自分の部屋にでも帰ってるんじゃないのか?」 「へぇ…アレだけの爆発を起こしといて、随分のん気なものねぇ、ねぇ?」 「お前は平気なようだが……?」 「フフ…、『ゼロのルイズ』の爆発ごときに遅れをとる『微熱』のキュルケではなくてよ?」 実際はいち早く危険を察知したタバサに机の下に押し込まれただけである。 「その『ゼロ』とは何なのだ?」 「さっきの授業で分からなかったかしら? 魔法の成功率ゼロ! 逆に言えば失敗率100%、ワオ! すごいわね~」 ルイズの奴をからかいに来たのだが、このオッサンを相手にするのも悪くない。 そう思ったキュルケは、リンゴォにモーションをかけてみる。 「うふふ、にしてもアナタ、なかなかいい男じゃあないの。そのおヒゲもチャーミングだしね」 目の前の童貞君は『気になんかしてないぞ』って感じだが、そこもまたカワイイと言えなくもない。 「ルイズにはもったいないダンディね。あの子に飽きたらわたしの所にいらっしゃいな」 「魔法というのは失敗すると爆発するのか?」 「え? さあ、そういえばなんでなのかしらね。けど、爆発は成功とは言わないでしょう?」 キュルケはいたって平静に答えたがその心中では―― (この童貞が~~ッ、シカトぶっこいてくれやがって! リンゴォとやら、やりおるぜッ!) どうやら一筋縄でイク男ではなさそうだ、そう思いキュルケは一旦引く事にした。 「あら、そろそろ昼食の時間だわ。それじゃあね」 そしてまたリンゴォは一人教室に残される事となる。 ルイズは、鏡を見ながら考える。 わたしの使い魔は、リンゴォはよくやってくれている。 昨日呼び出したばかりだが、ルイズにはそれがなんとなくわかる。 命令には文句も言わず従ってくれるし、これからだって、背くことは無いだろう。 だが、決定的なことが一つ。 彼は、自分を見下している。眼中にない、とさえ言っていい。 その態度に対し、どんなにキツイ罰をくれてやっても、何も変わる事は無いだろう。 そしてアレは、自分に何一つ興味を示さぬまま、淡々と命令に従っていくであろう。 これからずっと。一生。永遠に。 ――気が、滅入る。 姉たちなら、一体どうするだろう? いや、そもそも姉たちなら平民なんか呼びはしない。 魔法が使えない、ヴァリエール家の、貴族の、落ちこぼれ。 それでいて、傲慢。自分でだって、わかっている。わかっているのだ。 鏡の反射する光が、今の惨めぶった自分の哀れさを全て露呈する。 なんのために生まれて、なにをして生きるのか? 答えられないなんて、そんなのはイヤだ―― 「ねぇ、あなた誰?」 唐突に、鏡に問いかける。無論返答はない。 ルイズは落ち込んだ時、時々こんな風に鏡に映る姿に問いかける。 恥ずかしくって家族にも言った事はないが。 鏡が何なのかを知らないほど自分はバカでもないし、これはマジックアイテムでもない。 それでもいつか、答えをくれる様な気がしたのだ。 何度も同じ質問を繰り返す。 強気に振舞ってはいたが、使い魔の視線は虚勢の壁をものとはしない。 やがて鏡に質問するのも飽きてくる。 ひどく夢遊病のような顔をしてる自分の溜息が部屋を支配する。 随分とひどく落ち込んでいるように見えるが、 その心境は母親にベッドの下の本を整理されている事に気付いた時を想像して貰えばよい。 あるいは看守にマスターベーションを見られた時か。 ……落ち込むどころか、自殺一歩手前である。 しかし、貴族とはポジティブシンキングの生き物である。 こんな事でへこたれては、生きていけない。 魔法だってゼロだからこそ、必死で努力してきた。 使い魔など物の数ではない。調教の楽しみが増えるというものだ。 人生とは成長の価値だ。 失敗のない人生とは、失敗した人生だ。 もっとも、今のルイズはそこまでの境地に辿り着ける貴族ではない。 せいぜいルイズが考えた事といえば、 (ま、アイツのおかげでこうしてさっさと着替えられたと言えなくもないけど……。 …ハッ! まさかアイツ、その為にわざとあんな事……。な、何よ、つまりアレ? 『ツンデレ』って奴? つつ使い魔の癖にツンデレなんて生意気ね! 御主人様を差し置いて! け、けどまあ、その努力に免じて、夕食抜きは勘弁してやってもいいかもね!) 無論、リンゴォの発言はただルイズが鬱陶しかったからのものである。 ポジティブシンキングというのは行き過ぎると、タチの悪い現実逃避にしかならない。 馬鹿が羨ましいと言われるのは、つまりはこうゆう由縁からである。 憂鬱さも巡り巡って『ま、別にいっかなー』などと考えていた時―― 「ルイズー? 居るの? ルイズ?」 「(ルイズ…? ああ、そうだった)何よキュルケ、一体何の用?」 ドアを開ける。キュルケと、タバサも一緒だ。 「何の用、じゃないわよ。アンタの使い魔の話よ」 せっかく人が気分を切り替えようとしているところに、なんてことを言うのだこの女は。 「リンゴォがギーシュと決闘するのよ!」 「ハァ!?」 一瞬で気分が切り替わった。
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前ページ次ページ毒の爪の使い魔 ――トリステイン魔法学院:正門前―― 「のーっほほほほほほほほ!!!」 幻術を用い、花のような姿へ変身したジョーカーは高らかに笑う。 そして、パチンと右手の指を鳴らす。 途端、ジョーカーの身体が青い光のカーテンのような物に覆われたかと思うと、 身体に付いていた傷が、絵の具で塗りつぶされるように次々と消えていった。 その光景にギーシュ達は目を丸くする。『水』の『治癒』とは到底比べ物にならない回復力だ。 驚く彼等の様子にジョーカーは、左手の人差し指を立てながら笑う。 「のほほほほ、これ位できて当たり前ですよ。あとは…」 もう一度右手の指を鳴らす。 今度はタバサの身体が青い光に覆われる。 「どうですか、シャルロットさん?精神力…大分補充できたはずですが?」 確かに…消費したはずの精神力が戻っているのが解る。 タバサは驚愕の表情でジョーカーを見る。メイジの精神力を自在に出来るなど…聞いた事が無い。 目の前の幻獣の力にただただ驚くばかりだ。 ジョーカーはそんなタバサの様子に、ただ笑うのみ。 「それでは、ちゃっちゃと終わらせるとしましょうか。シャルロットさん、いいですネ?」 「……」 タバサは無言のまま杖を構えなおす。 それに満足したのか、ジョーカーは楽しそうな声を上げる。 「さてさて、それでは行きますよ~~♪」 ジョーカーの目が赤く輝いた瞬間、顔面から巨大な炎球が放たれた。 トライアングルクラス並の炎球はキュルケへと一直線に突き進む。 飛んでくる炎球を寸での所でかわす。 炎球は背後の地面に命中し、生えている草を地面ごと焼き焦がした。 凄まじい火力だ。まともに浴びれば、ひとたまりも無いだろう。 軽く冷や汗を流すキュルケはジョーカーを睨む。 相手は変わらない笑みを浮かべている。 「どうですか?このキュートな『フラワージョーカー』の姿となった、ワタクシのキュートなパワー? そんじょそこらのメイジなど、束になっても適わない素晴らし~い力とは思いませんか?」 ジョーカーの自慢を、キュルケは鼻で笑い飛ばす。 「何がキュートな力よ?ただ炎を飛ばしているだけじゃないの。 大体、フラワーですって?あなた…一度鏡を見た方がいいんじゃないの?」 「どういう意味ですか?」 僅かに表情を曇らせ、聞き返すジョーカーにキュルケは言った。 「あなたの今の姿……”花”と言うより、どう見ても”蛇”にしか見えないわよ?」 ――キュルケのその言葉にジョーカーは彫像のように固まった。 キュルケの意見には、その場に居た者の殆どが同意し、頷いた。 確かにフラワージョーカーとなったジョーカーの頭部は顔の周りが花びらのように変化し、 真正面から見た感じはヒマワリを連想させる。…だが、それはあくまでも”頭部に限った事”である。 実際は頭部の後ろに大小様々な大きさの、ボールのような胴体が連なっており、 全体で見ると、花とは程遠い姿だったりするのだ。 そう、それは彼女の言うとおり”蛇”と言い表すのが相応しいだろう。 …そして、この事は少なからず、ジョーカー自身気にしている事だったりする。 当然、ジョーカー再び大激怒。 「ムッキイイイイィィィィィ~~~!!!、アナタ……言ってはいけない事を言ってしまいましたネ!!? も~う、容赦しませんよーーー!ギッタンギッタンのメッタメッタのボッコボコにして差し上げましょ~~~う!!!」 ジョーカーの目が真っ赤に染まる。 それは炎を生み出すべく高まった魔力による物か?はたまた怒りによる物か? どちらなのか定かではないが…、魔力が高まり、炎球が生み出されようとしているのは事実だ。 キュルケは考えた。 あれだけの炎球だ…生半な威力の炎では逆に吸収され、相手の炎を巨大化させる羽目になってしまう。 更に、今し方あいつが見せた系統呪文を上回る『治癒』。 攻撃が当たったとしても、多少のダメージは直ぐに全快され、意味を成さないだろう。 自身の使える最大級の炎の呪文ならば、あるいは押し切れるだろうが…消費する精神力が尋常ではない。 使えば精神力は殆ど限界に来てしまうだろう。 キュルケはギーシュとモンモランシーの方を見る。 ギーシュは見た目にも深手なのが解る。 モンモランシーの方はまだ大丈夫のようだが、直接の戦力としては当てに出来ない。 …となれば、やはり無駄撃ちは出来ない。 相手はあの幻獣だけではない…、タバサもいるのだ。 両方を相手にしながら”あれ”を当てるのは、至難の業だ。 今はまだ使えない。一撃で決められる…確実に当てられる状況でなければ…。 「お喰らいなさ~~い!」 叫びながらジョーカーは顔面から炎球を放つ。 先程と違い、三つの炎球がキュルケに向かう。 避けるべく、その場を飛び退く。 と、風を切る音が聞こえ、彼女の顔の傍を氷の槍が通り過ぎる。 振り返ると、タバサが杖を振り、自分へと氷の矢<ウィンディ・アイシクル>を放つのが見えた。 咄嗟に『ファイヤー・ウォール』を詠唱する。 幾筋もの炎が立ち上り、文字通りの壁となる。 氷の矢は次々と溶けるが、溶け切れなかった何本かが飛んで来た。 「くっ!?」 咄嗟に身を翻すが、避けきれない。腕や脇腹を氷の矢が掠める。 服が破れ、覗いた肌に赤い線が浮かぶ。 タバサは相変わらずの無表情だ。無表情のまま、再び杖を振る。 巨大な氷の槍が生み出され、キュルケへと飛ぶ。 身を引き、寸でのところでかわす。――突然、身体が吹き飛ばされた。 「あぐっ!?」 地面に叩きつけられ、激痛に全身が蝕まれる。 自分を吹き飛ばした物の正体を確かめるべく、首を動かす。 そこに在ったのはデコピンをする様な仕草で、人差し指を突き出している巨大な左手。 「のほほ、油断大敵ですネ~♪」 後ろから、あの幻獣の声がした。 痛みを堪え、キュルケは立ち上がり、周囲を見回す。 後ろの少し離れた所にジョーカー。――いつでも攻撃できると言わんばかりに余裕―― その傍らに右手。――治癒担当といったところか?―― 目の前には左手。――こちらは攻撃担当のようだ―― 右前方にはタバサ。――既に呪文の詠唱が終わっているらしく、無数の氷の矢が周囲を踊っている―― …状況は正直悪い。 二対一でも厄介だが、あの幻獣の手が独自に動けるのでは、四対一と何ら変わり無い。 これでは隙を見つける以前に、ルーンを唱える暇すらない。 キュルケに焦りが生まれる。 唐突にタバサが杖を振った。無数の氷の矢がキュルケを襲う。 その場を飛び退き、地面を転がった。無様な姿だが、四の五の言ってはいられない。 氷の矢が次々と地面に突き刺さる。 氷の矢が尽きた事を確認し、キュルケは立ち上がる。 と、休む間も無く、ジョーカーの放った火球が迫る。 咄嗟にその場を飛び退く。――その背中に衝撃。 吹き飛ばされ、地面に倒れる。 確認するまでも無い……あの左手だろう。 (やっぱり……キツイわね) キュルケは立ち上がりながら、状況が最悪な事を再確認する。 タバサとジョーカーと両手……どれかを何とかすれば、まだ勝機も有るのだろうが…。 ジョーカーは”あれ”以外は効果は薄そうだし、タバサは論外。 ならば―― 「その手よ!」 キュルケは『ファイヤーボール』を左手に向かって放つ。 左手は一瞬で炎に包まれ、燃え尽きた。 (いけるわ) 間髪居れずキュルケは素早く呪文を唱え、もう一発今度は右手に向かって放った。 右手も左手同様、一瞬で燃え尽きた。 「どう?これで『治癒』は使えないわよ」 キュルケはジョーカーに言い放つ。 しかし、当の本人は平然としている。 と、ジョーカーの周囲に異変が起こる。 子供が描くような、小さな星や欠けた月が何も無い空間に現れ、一点に集まるようにして消える。 現れては集まって消え、集まって消え。 暫くそれが繰り返されると、白い手袋のような右手が現れた。 キュルケが驚く間も無く、同じようにして左手も現れた。 「のほほ、どんどん壊してくださって結構ですよ~?幾らでも直せますのでネ」 ジョーカーは、さも可笑しいといった表情で笑う。 対してキュルケは唖然とするしかなかった。 ――こうもアッサリと再生されるとは思ってもいなかったのだ。 (非常識にもほどがあるでしょ…) そう思うのも無理は無い。破壊された手を簡単に元に戻すなど、誰が想像できようか? しかし、現実は無情だ。…これで手を壊す方法も無駄と解った。 「さてさて…万策尽きちゃいましたか~?それではそろそろ、お終いにしましょうかネ」 ジョーカーの目が赤く輝く。 向こうではタバサもまた、巨大な氷の槍を作り出している。 いい加減、体力も限界だ。これ以上避け続けるのは無理だ。 かと言って、これ以上の精神力の消費も痛い。 まさに絶体絶命……さて、どうするべきか?キュルケは悩む。 しかし、悠長に悩んでもいられない。 「これでフィナーレですよ~!」 叫び、ジョーカーは顔面から炎球を放とうとする。 「あたっ!?」 短い悲鳴を上げ、ジョーカーの顔が明後日の方を向く。 一拍置き、放たれた炎球が地面を砕き、焼き払う。 ジョーカーは頬に感じた痛みに顔を顰めつつ、振り返る。 そこには青銅のゴーレムが浮かんでいた。 「あなた……まだゴーレムを作れたんですか?」 「…誰も”十体で全部”…とは、言っていないだろ…?」 忌々しそうな表情のジョーカーに、苦しそうにしながらも、ギーシュは笑みを作って答えた。 モンモランシーの『治癒』で全快とまでは行かずとも、 ”何とか我慢できる”位にまで怪我が塞がったギーシュは残っている精神力でワルキューレを作ったのだ。 ワルキューレを突き飛ばそうと左手が飛ぶが、ワルキューレは素早く飛び退き、攻撃をかわす。 ジョーカーは目を赤く輝かせながら、ギーシュへ顔を向ける。 半死人であろうと、ほおっておいたのは間違いだった。 「キッチリ、片付けておくべきですネ!」 叫びながら炎球を放つ。 それをモンモランシーが精神力をありったけ使った、分厚い水の壁で押し止める。 大量の水が一瞬で水蒸気に変わり、煙幕のように立ち込める。 間髪居れずモンモランシーは一抱えほどもある水球を作りだし、水蒸気の向こうのジョーカーめがけて飛ばした。 凝縮されていない水球は命中と同時に破裂し、ジョーカーの顔面を濡らす。 「うわっぷ!?何ですか!?」 突然水をかけられ、ジョーカーはうろたえる。 ギーシュはその一瞬の隙を見逃さない。更に三体のワルキューレを作りだす。 全部で十四体…それが今のギーシュが作り出せるワルキューレの総数だ。 四体のワルキューレは瞬く間にジョーカーとの距離を詰める。 ここまでは先程と同じだ。だが、その先が違った。 一体が顔面に拳を叩き込んだ。 怯んだジョーカーに別の一体が真下からアッパーを繰り出し、真上へ打ち上げる。 打ち上げられたジョーカーを残る二体が全力で殴り付けた。 悲鳴を上げる間も無く、ジョーカーは地面に叩き付けられた。 反動で大量の土砂が宙に巻き上げられる。 「はは……どんなもんだい…」 ギーシュは土埃を見据えながら言い、力尽きたように地面に突っ伏す。 それに呼応するようにワルキューレも消滅した。 「やるじゃない…」 キュルケは気絶したギーシュと寄り添うモンモランシーを見つめながら、小さく微笑んだ。 戦力外と考えていた二人の活躍に素直に賞賛する。 「私も…彼女を止めなきゃね」 そう呟き、キュルケはタバサに向き直る。 タバサは既に二本の氷の槍を作り出していた。どちらも大きさから威力は容易に想像できる。 表情を伺う。変わらない無表情…、その目にやはり迷いは無い。 キュルケは小さく深呼吸をし、杖を構えた。 タバサも杖を掲げる。氷の槍が絡みつくように、杖の先端を回る。 杖を振り下ろせば、氷の槍はキュルケを貫かんと襲い掛かるだろう。 キュルケは無駄と知りつつ、タバサに向かって口を開いた。 「タバサ…最後に聞くわ。…どうしてもやるの?」 タバサは答えない。それが何よりの答えだった。 杖を振り下ろし、氷の槍を飛ばす。 キュルケは素早く呪文を唱えた。火球が杖の先端に現れ、氷の槍に向かって飛ぶ。 火球が氷の槍を飲み込み、溶かし尽くす。 と、立ち込める水蒸気を突き破り、もう一本の氷の槍が飛んだ。 「キュルケ!?」 ルイズの悲鳴のような声が上がった。 「…くっ…」 脇腹が熱い。見れば、そこに氷の槍は突き刺さっていた。 急所は辛うじて守ったが…避け切れなかった。血が傷口と口から溢れる。 地面に方膝をつき、荒く息を吐く。と、目の前に人の両足が見えた。 顔を上げると、親友の顔がそこにあった。 「…流石ね…。大した威力だわ…」 額に汗を浮かべながらも、軽口をたたく友人をタバサは静かに見下ろす。 その目を見て彼女は静かに唇を噛む。 ――友人は少しも自分を恨んでいないのだ。 自分の勝手な都合で殺されようとしているのにも拘らずだ。 こんな目で見られては、自分の中のある種の決意も揺らいでしまいそうだ。 ”何をしているの?早く止めを刺しなさいよ” ガーゴイルを通じてミョズニトニルンの声が響く。 タバサは目を閉じた。 瞼の裏に浮かぶのは、友人との日々…、そして…母の笑顔。 目を見開き、タバサは杖を掲げて呪文を唱える。 何本もの氷の矢が現れる。杖を振り下ろせば、氷の矢は目の前の友人を串刺しにするだろう。 しかし…振り下ろせない。 何故振り下ろせない?もう、自分は覚悟を決めたのだ。今更、友人に情けをかけてどうなる? そもそも、もう自分は友人などと呼ぶ資格は無いのに…。 「…っ!」 より一層強く唇を噛みしめる。 …自分は失いたくないのだろうか?この友人を? 「のほほほほーーー!!!チャンスです!!!」 突然聞こえてきたその声に、タバサとキュルケは同時に顔を向ける。 土煙を払い除け、ギーシュがノックダウンしたとばかり思っていたジョーカーが姿を現す。 瞬く間も無く、ジョーカーの目が赤く輝き、炎球が飛んだ。 凄まじい速さで飛ぶ炎球に、タバサは対応しきれなかった。 視界一杯に炎球が広がった、次の瞬間―― 「危ない、タバサ!」 叫びながらキュルケが彼女に飛びつく。 炎球が着弾し、爆発が巻き起こった。 爆発により生じた爆風に煽られ、タバサは目を閉じた。 爆風が収まり目を開けると、自分を庇うように覆い被さっている友人が目に入った。 友人がゆっくりと身体を持ち上げ、自分を見つめる。 「大丈夫…?」 タバサは静かに頷いた。 そう、とキュルケは呟き――呻き声を上げ、顔を顰めた。 どうしたのかと思い、タバサは僅かに身体を起こし――目を見開いた。 友人のマントと制服の背中の部分、ブーツは無残にも焼け焦げており、 剥き出しの背中と両足に酷い火傷を負っていた。 「どうして…?」 友人を見つめながら、タバサは呆然と呟く。 解らなかった……何故自分を、こんな傷を負ってまで助けたのか。 タバサの呟きにキュルケは笑みを浮かべる。 「そんなの……あなたが私の大切な…親友だからに決まっているでしょ…」 タバサの目が大きく見開かれ、次いで涙を溢れさせた。 自分は彼女を切捨て、本気で殺そうとしたのに…、その彼女は身を挺して自分を庇ったのだ…。 その理由は”親友だから”……彼女は最後まで自分を切り捨てなかったのだ。 タバサは泣いた…、泣くしかなかった…。 ”どうしたの?泣いたりなんかして。まだお前の仕事は終わってないよ?” 「そうそう、早く済ませちゃいましょうネ」 ミョズニトニルンとジョーカーの声が聞こえる。 キュルケはジョーカーを睨み付ける。 「あなた……仮にも…この子は味方…じゃないのよ…。なんで…あんな……」 キュルケの言葉にジョーカーは不思議そうな表情をする。 「はて?どう言う意味で?」 その様子に一層怒りを掻き立てられる。 「味方を巻き込むような攻撃を……なんでしたのよ…?この子…死んだかもしれないじゃ…ない…」 キュルケの言葉に顎(?)に手を沿え、ジョーカーは考え込む。 そして、目の形を変えてニヤリとした表情を作る。 「別にいいじゃないですか?」 ジョーカーは特に悩むでもなく、そう言った。 「なん…ですって…?」 キュルケは呆然とする。 ジョーカーは続けた。 「事情を知っておられるのであれば、ご理解いただけるはずですがネ? そもそもシャルロットさんは、任務中の死亡を望まれてこうして使われているのですよ? ですから、こちらとしてはあまりシャルロットさんの生死は関係ないんですよネ。 今のように任務成功が確実ならば、一緒に吹き飛ばしても何ら問題はありません。何しろ…」 そこで一拍置き、ジョーカーは口を開く。 「――駒の替えなんて幾らでも有りますしネ……のほほほほほほ♪」 キュルケは脳が沸騰するかと思った。それほどの怒りを目の前の幻獣とガーゴイルの操る者に感じたのだ。 ――こいつらはタバサをただの消耗品としか見ていない。こんな奴等に…この子は今まで苦しめられたのか? 今直ぐにでも焼き尽くしてやりたい……激しい怒りが彼女に身体の痛みを忘れさせる。 タバサもジョーカーの言葉に再度唇を噛み締めた…。 その時だった。 「なんだ…?もう終わってんじゃねェか…」 その場の全員の視線が一斉に向く。 そこにはジャンガが立っていた。 前ページ次ページ毒の爪の使い魔